映画、書評、ジャズなど

「2046」★★★☆

2004年の香港映画で、ウォン・カーウァイ監督の作品です。恵比寿のガーデンシネマでリマスター版を上映していたのを鑑賞しました。トニー・レオン、チャン・ツィー、コン・リーなど、蒼々たるスターが出演しており、日本からもキムタクが出演して話題になりました。

 

主人公は香港の宿の2046号室で小説を執筆している。隣人の娼婦、日本から来たビジネスマンと恋に落ちる宿の娘が登場するSF小説だ。日本人は2046から戻ってくる列車の中でアンドロイドに恋をする。

 

とにかく、ストーリーは支離滅裂なのですが、さすがウォン・カーウァイ監督といった感じの独特な耽美的シーンの連続で、そこに豪華俳優陣が登場しているのを眺めるだけで、あっという間に2時間が過ぎていく感じです。

そういう意味で、この作品は映像美を楽しむべき作品といってもよいでしょう。

 

この作品を楽しめる人とそうでない人にくっきり分かれる作品だと思います。

 

米澤穂信「満願」

2014年に刊行された短編ミステリー集で、ミステリー賞3冠に輝いた力作です。

 

「夜警」は、交番に配属された新人警官の話。犯人に発砲したものの自らも刺されて殉職する。正義感に駆られての行動にも見られたが、そうでなかったことがわかる。。。

 

「死人宿」は、失踪した女が仲居をする温泉宿を訪ねる話。その宿では有毒ガスで年に数人の死者が出る。その宿で遺書が見つかる。主人公は女から遺書を書いた人間を探してほしいと頼まれる。。。

 

「柘榴」は、二人の娘を持つ母親の離婚の話。家にあまり帰ってこない父親との離婚で、親権は当然もらえると思ったが、蓋を開けば父親に行ってしまう。そこには娘たちの意向が働いていた。自分の身体を傷つけてまで父親に親権を行くようにした娘たちの心理とは。。。

 

「万灯」は、バングラデシュに派遣された商社マンが、プロジェクトを遂行するために、反対する現地のリーダーを殺害する話。完全犯罪のはずだったが、目論見が崩れていく。

 

「関守」は、事故が頻発する伊豆の峠の道路をライターが取材する話。ライターは都市伝説を執筆すべく、峠の茶屋を営む女に話を聞くが、その背後には恐しい話があった。。。

 

「満願」は、かつてお世話になった下宿の大家さんの妻が殺人を犯し、主人公はその弁護人を務めるという内容です。裁判では、ぐうたらな主人のしりぬぐいのために妻がした借金の返済を巡って殺人が行われたという検察の主張に対し、主人公の弁護士は、この妻が突発的に殺人を行ったと立証しようと試みたが、妻はなぜか控訴を取り下げてあっさりと刑に服した。掛け軸に飛び散った血の状況が謎を解明する鍵となった。。。

いずれの短編もパンチが効いた優れた作品です。特に脱帽だったのは、「万灯」と「関守」です。とてもリアリティがあり、ジワジワと恐怖感を植え付けられる感じです。圧倒的な筆力です。

 

これだけの短編ミステリーを書ける作家はなかなかいないと思います。

 

とても充実した読後感を味わうことができました。

 

 

 

 

 

荒木あかね「此の世の果ての殺人」

今年の江戸川乱歩賞に審査員全員一致で選ばれたミステリー作品です。

著者は23歳での受賞ということで、本作品がデビュー作です。

小惑星熊本県に間もなく衝突して地球が滅亡することが明らかな世の中を描いた作品です。主人公は、教習所に通う女性。教習所の教官と共に行動し、トランクの中から発見された死体を巡る謎を解明していきます。

間もなく地球が滅びる世界の描き方が、とてもユニークです。絶望にかられた人々は、次々と自ら命を絶っていき、わずかに残った人々が、閑散とした街の中で、細々と生きているような世界観です。その描き方がある意味クールで、冷めた目線であるところが新鮮です。

この作品が評価された点は、おそらくこの意外性だったのではないかと推測しますし、その斬新さには脱帽します。この世界観を設定できた時点で、この小説はある意味で勝ちが決まったと言えるかもしれません。

 

そのうえで、この世界観にどれだけ共感できるかによって、この作品の受け止め方が分かれるところのように思います。

 

いずれにしても、この若さでこれだけの作品を世に出せる才能はすごいことです。

 

月村了衛「土漠の花」

ソマリアに派遣された自衛隊を取り上げた作品です。

PKO活動で派遣されたにもかかわらず、現地の部族間闘争に巻き込まれてしまい、自衛隊史上初めて、武力行使による死者を出したという設定です。

ソマリアに派遣された自衛隊は、墜落したヘリの救出に当たっていた。そのとき、一人の現地の女性が助けを求めて駆け込んできた。その女性を追ってきたのは、石油利権を巡って対立する部族だった。女性をかくまっていた自衛隊の隊員が狙われ、次々と命を落としていく。

隊員たちは、この女性を見捨てるわけにはいかないが、この女性をかくまっていることで、部族間の戦闘に巻き込まれるという深刻なジレンマに陥る。また、隊員たちは、敵を殺害するにつれて、愛する子どもたちにどう説明すべきか悩みが深まっていく。

さらに、「土獏」という自然の脅威とも戦わなければならない。

隊員たちは、味方の救護が本当に来るのか不安を募らせながら、状況を打開するために必死に戦い続けた。。。

 

 

月村氏の他の作品(『機龍警察』など)とのあまりの違いに戸惑いもあることも事実ですが、ミステリーとは一線を画しながらも、とてもスリリングな描写で、自衛隊員たちの内面の葛藤を鮮やかに描き出している作品で、作者の素晴らしい文体によるところもあり、読み進めるたびにぐいぐいと引き込まれていきました。

 

とても読み応えのある作品でした。

カルロス・ルイス・サフォン「風の影」

バルセロナを舞台にしたとても味わい深い作品です。

バルセロナ古書店主の息子ダニエル少年は、父親に連れられ、「忘れられた本の墓場」に行く。そこで偶然手にしたのが、フリアン・カラックスという謎の作家によって書かれた「風の影」という本だった。ダニエルは、父親から、その本のことは誰にも言うなと厳命された。

その本との出会いによって、ダニエルの運命は大きく変わる。ダニエルはフリアンの謎めいた生涯に惹かれ、フリアンに関わる人々に接触していく。フリアンは、貧しい帽子屋に生まれたが、ある大富豪に目を付けられて、富裕な学生の通う学校に入学する。やがて、フリアンは友人の妹に恋をするが、その後パリに行った後の足取りは途絶えた。フリアンが恋した相手の女性も行方がわからなくなる。

ダニエルは、フリアンの本を持っていることで、何者かに命を狙われるようになる。やがて、ダニエルはフリアンとの数々の共通点に気づいていく。

そして、フリアンをよく知る女性が殺害された。その女性がダニエルに残した手紙から、フリアンを巡る真実が明らかになっていく。。。

 

 

この小説の舞台は、第二次大戦に向かっていくスペインのバルセロナです。いうまでもなく、どんよりした空気が支配していた時代ですが、この小説で描かれたバルセロナも、とても陰鬱で薄暗い情景が中心です。後にウディ・アレンが『それでも恋するバルセロナ』で描いたバルセロナとはあまりにも大きな違いです。

しかし、そんな中でも、バルセロナの奥深さがきちんと描かれているところに、この小説の魅力があると言えるでしょう。

ダニエルを親身になって助けるフェルミンの魅力的なキャラクターの描かれ方も秀逸です。ダニエルが接する女性たちもとても魅惑的に描かれています。

 

この本の作者であるカルロス・ルイス・サフォンは1964年生まれです。この本が書かれたのが2001年ですから、30代後半で世に出された作品ということになります。こんな奥の深い作品をその歳で書けたことに驚きを禁じえません。訳者解説によれば、この本は37か国で翻訳出版されており、ドイツでは当時の外相ジョシカ・フィッシャーが本書を絶賛したとのこと。すごい小説家としか言いようがありません。

 

別の作品も読んでみたくなりました。

中山七里「護られなかった者たちへ」

生活保護を巡るトラブルに起因する殺人事件を扱った作品です。

 

福祉保険事務所の関係者2人が次々と餓死という残虐な手法により殺害される。いずれも恨みを買うような人物ではなかった。2人は生活保護を巡るあるトラブルに関係していた。それは高齢女性がぎりぎりの状態で生活保護を申請したにもかかわらず、申請を却下されたことで、その女性が餓死したという事件だった。これに抗議して福祉保険事務所に押し掛けた男は投獄されたが、やがて出所してきた。2人の殺害はこの男の仕業かと思われた。そして、このトラブルに関与した第三の男が次のターゲットと見られた。警察はこの出所してきた男の身柄を追う。。。

 

途中で種明かしされたのかと思いきや、驚くようなどんでん返しがあり、読者をあっと言わせるには十分なプロットです。

 

生活保護を取り上げる視点も大変秀逸です。限られた予算の中で誠実に対応しているはずの福祉保険事務所の仕事ぶりというのは、実は多くの生活困窮者の生活を破滅に追いやっているという二面性があるわけです。だから、一見すると誰からも恨まれるようなことはしていないはずの人が、他の面ではとてつもない恨みを買っていることがあり得るわけです。これは、生活保護という制度に内在する構造的問題であり、福祉保険事務所の担当者の問題にとどまるものではありません。本作品は、こうした構造的問題を巧みに浮き彫りにしています。

 

中山七里さんの作品は初めて読んでみたのですが、取り上げる題材といい、読者を驚かせる巧みな構成は、とても素晴らしいと思います。

 

著者の別の作品も読んでみたくなりました。

逢坂剛「百舌の叫ぶ夜」

逢坂剛氏の作品は初めて読んだのですが、とても巧妙に作られたミステリー作品でした。百舌シリーズの第2弾です。

 

能登半島で記憶喪失の男が発見される。その男は、ヤクザの関連する会社に執拗に追われている。都内で爆弾事件が発生し、警部の妻が命を落とした。妻を亡くした警部は自ら真相解明に動き出すが、それを阻止しようとする公安の力も働く。

 

最後に近づくにつれて、あっと言わせられる真相が次第に明らかになっていきますが、真相が見えてくる過程がとてもよくできていますし、説得力があります。

 

著者の他の作品も読んでみたくなりました。