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松浦寿輝「名誉と恍惚」

以前読んだ『香港陥落』につながる大作です。

舞台は戦前の上海。日本人の警察官芹沢が、陸軍将校の嘉山から接触を受け、上海の裏社会を牛耳る大物の蕭を紹介するように依頼される。芹沢は、蕭の伯父で時計屋を営む馮とは面識があった。その馮を通じて蕭を紹介してほしいというのが嘉山の依頼だった。

しかし、この依頼が芹沢の人生を狂わせる。芹沢は組織を追われ、工場労働者、映画技師と職を転々として逃亡生活を送る。やがて、馮の姪で蕭の第三婦人である美雨の館の一室をあてがわれる。

やがて、馮と美雨らは香港への脱出を企て、芹沢も一緒に行かないかと声をかけられる。芹沢は自分を嵌めた嘉山を探し出し、会いに行く。。。

 

戦前の上海は欧米と日本が共同で統治する租界という地区が設けられ、そこで独特の魔性を持つ都市の空気が形成されてきました。本書ではそんな上海の空気感が生き生きと描かれています。

私は、著者のハードボイルド的な筆致がとても好きです。登場人物の思考や内面が奥深くまで抉られるように描かれており、著者の力量を如何なく発揮されています。

登場人物も魅力的です。裏社会の大物の夫人でありながら孤独な美雨、そしてロシア人の男娼とのアナトリーが、この物語に効果的な華を添えています。

 

文庫二冊にわたる大部の作品ですが、間違いなく読み遂げる価値のある本です。