映画、書評、ジャズなど

濱嘉之「天空の魔手」

警視庁公安部片野坂彰シリーズの最新刊です。

中台関係の緊張が高まる中、片野坂のチームはドローンを用いた「対日有害活動の排除」を計画。片野坂は米国に飛び、連邦捜査局国家保安部(NSB)に売り込むと、それは早速ウクライナによる攻撃に使われる。香川らもサンクトペテルブルクに飛び、プーチンの資金源となっているワグネルやガスプロムをターゲットに諜報活動を行う。

 

作品中の登場人物が語る世界観がこのシリーズの魅力と言えるかもしれません。プーチン習近平政権に対する見方は鋭く、ハッとさせられる指摘が多々あります。

他方、今回の作品は、著者の思いを表現したうんちくが多く、物語としてはやや物足りない気は否めませんでした。含蓄の深い会話はとても魅力的なのですが、長くなりすぎると冗長的になってしまい、その辺のバランスが難しいところです。

浅田次郎「シェエラザード」

戦時中に多くの民間人を乗せたまま沈没した弥勒丸を引き上げるプロジェクトを巡る物語です。

大手金融機関を辞めた軽部と元自衛官の日比野が営む小さな金融機関に、弥勒丸引き揚げへの資金提供の依頼が持ち込まれる。依頼人中華民国政府の関係者を名乗る宋という老人。他にも商社のOBや政治家にも依頼をしているという。そして、依頼を受けた関係者が次々と命を落とす。軽部と日比野は、この依頼の背後に壮大な陰謀があることを悟る。軽部のかつての恋人の律子もこの問題に関心を示し、勤めていた新聞社を辞めた。

弥勒丸は、捕虜への救援物資を運ぶ船であり、本来は敵の攻撃を受けるはずがなかった。にもかかわらず、なぜ弥勒丸は沈没しなければならなかったのか。当時の弥勒丸を知る人物に接触していくうちに、弥勒丸の秘密が次第に明らかになっていく。

日本軍は、弥勒丸が敵の攻撃から守られていることに乗じて、シンガポールから大量の金塊を上海に運ぼうとし、当初の航路から逸れて航行していた。

宋と名乗る老人は、弥勒丸は日本人の手によって引き上げるべきと考えていた。。。

 

小説の最後には、宋老人の正体が明らかになります。

この小説のモチーフになっているのは、実際に戦時中に米国潜水艦により撃沈された「阿波丸」という船です。2千名以上が犠牲になった大参事でした。ただ、この小説は史実とはだいぶ異なり、だいぶアレンジされているフィクションのようですが、それにしても、この「阿波丸」の事件を下地にしてここまで感動的な物語に仕立て上げる力量には感心してしまいます。

 

大変読み応えのある素晴らしい小説でした。

東野圭吾「白夜行」

これまで東野圭吾さんの作品で読んだことがあるのは、『容疑者Xの献身』のみでしたが、この『白夜行』も大変素晴らしい作品でした。

大阪の廃墟ビルで質屋の社長が死体となって見つかる。容疑者として疑われた主婦はその後ガス中毒で死亡し、事件は迷宮入りする。

小説は、この事件の被害者の息子の亮司と容疑者の娘の雪穂の成長に沿って進んでいく。この2人の接点は一見明らかではないが、2人の周りでは次々と奇怪な事件が起こる。

それを終始執念深く追っていたのが、最初の殺人事件を担当していた笹垣だった。笹垣は、最後に2人の接点を暴き出す。。。

 

最初の事件の背景に、被害者による少女買春があり、その犠牲者であった少女の人生が狂わされるというところに、この小説のなんとも言えない切ない読後感をもたらします。

 

文庫本で800頁を超える長編なのですが、途中中だるみすることは一切なく、著者のとてつもない筆力に圧倒されます。

 

これはこの著者にしか書けない作品だと思います。

松浦寿輝「香港陥落」

香港のペニンシュラホテルを舞台に、日英中の3か国の男が語り合う小説です。

登場人物は、日本人で元外交官の谷尾、ロイター通信に勤務しているという英国人のリーランド、そして商売人の中国人の黄。3人は、日本軍が進駐する間際の香港のペニンシュラホテルで、中華料理をつつきながら語り合っている。

やがて、日本軍の占領が始まると、谷尾は2人に、日本軍の配下に入ることを勧めるのだが、2人はそれを拒否する。軍人でない谷尾は、2人にそれを強要するわけでもなく、単に2人の安全を気にしてのことだった。

やがて、日本による短い占領は終わり、再び3人はペニンシュラホテルに集う。予想どおり日本は敗け、日本の香港は3年8カ月で終焉した。リーランドは、英国に帰ることを検討しているという。

やがて年月が経過し、時は1961年。リーランドは、戦時中の香港でふらっと入った中華料理店の老シェフが作る料理の味が忘れられない。彼はそこで日本に対するスパイの誘いも受けていた。英国に滞在するリーランドは、久々に黄の元ガールフレンドから手紙を受けて香港の地を久々に踏む。その中華料理店は全く違った様相の店となっていた。そこには、かつての2人の友人はもういない。黄の元ガールフレンドと黄の知り合いの中国人と3人で食事をする。知り合いの多くは亡くなっている。

なぜリーランドは香港に戻ってきたのか。それは過去が実際にあったかを確かめに来たのではないかと自問自答する。それは死者への供養であり、鎮魂だった。。。

 

 

これまでに味わったことがないような清々しい読後感です。登場人物の語り口や掛け合いがとても小気味よい点が大きいのですが、そこに中華料理の描写やシェークスピアの引用など、センス溢れる題材が絡み合わさっていることで、とても深みのある小説となっています。

3人とも、祖国を持ちつつ、激動の国際政治に揉まれながらも、根底の部分では互いに信頼し合い、しっかりと友情を維持している点が何とも素敵で、これこそが真の国際交流ではないかとさえ思ってしまいます。

 

とにかく、隅々にわたるまで、描写が巧みで、国際情勢の描き方も素晴らしく、香港の街並みや食事の描写もぴか一です。

現代の日本人の中で最も力量のある作家と言っても過言ではないかもしれません。

他の作品も読んでみたくなりました。

是非手に取ってほしい作品です。

「BLUE GIANT」★★★★☆

今話題の映画の一つです。仙台でジャズミュージシャンを志す若者が状況して、成長していく過程を描いた作品です。

世界的なジャズピアニストの上原ひろみさんが音楽を担当しているだけあって、音楽のクオリティがとても高くできあがっています。

宮本大は、仙台でテナーサックスを弾く高校生。高校卒業後に上京し、友人の玉田の家に転がり込む。宮本は、あるジャズライブハウスのトイレで偶然出会った同い年のピアニストの沢辺と意気投合してバンドを組む。玉田も、宮本を見ているうちに、ドラムを始め、3人は『JASS』というバンドを組むことになる。

3人の目標は、日本で最高のジャズクラブ『So Blue』への出演だった。自らビラを配りながらバンドの活動を続けている中で、ジャズフェスへの参加が決まる。

沢辺は知り合いを辿って『So Blue』の責任者に『JASS』の演奏を聴いてもらうが、酷評されてしまう。それでも、活動を続ける中、偶然ある有名ジャズプレイヤーの来日公演でピアニストの穴が開き、沢辺が代打を務め、世に名が知られるように。

それがきっかけで、3人は『So Blue』への出演が決まるが、出演が目前に迫る中で悲劇が起こる。。。

この作品の良い点は、単にジャズミュージシャンを美化しているというわけではなく、今のジャズ界の問題点も含めてきちんと描かれている点です。今ジャズは決して若者に人気があるわけではなく、普段のライブは人が集まらず、集客に苦労しています。だから、3人が『So Blue』(これは『Blue Note』をイメージしていると思われる)に出演するミュージシャンとなっても、やはり普段はアルバイトをしながら生計を立てざるを得ないという現実もあるわけです。そうした面も含めて、この作品ではきちんと描かれているところは素晴らしいと思います。

一ジャズファンとしては、この作品をきっかけに、多くの人たちがジャズに耳を傾けてくれることを期待します。また、続編が楽しみです。

真山仁「ハゲタカ」

前から読みたいと思っていた作品ですが、やっと手にしました。

一言で言えば、素晴らしいとしか言いようがありません。その時代の肌感覚がよく描かれていますし、豊富な金融の知識が埋め込まれていますし、何と言っても、キャラクター設定が秀逸です。最後主人公の執念が明らかになるストーリー展開は、主人公のキャラクターの魅力を高めています。

主人公の鷲津政彦は、ニューヨークでジャズピアニストを目指していたところを、その商才を見込まれて投資ファンドの世界に引っ張られる。東京に戻ると、投資ファンドのホライズン・キャピタルを率いて、不良債権の処理を手掛けるようになる。

他方、銀行員だった芝野は、友人が経営していたスーパーマーケットに転職するが、その友人を切って、再生を図る。

松平貴子は、由緒あるホテルを経営する一族で、欧米のホテルに就職して頭角を現すが、実家のホテルの窮状を見て、実家のホテルを継ぐ決断をする。。。

 

この3人が、それぞれの立場で、バブル崩壊後の日本経済の中で行動する物語です。鷲津は、いかにも欧米的な手法で、企業再生に大ナタを振るい、ハゲタカ呼ばわりされますが、この作品では、「ハゲタカ=悪」という構図が必ずしも当たっていないことを読者は認識させられます。むしろ、鷲津のやり方こそ、日本経済の再生に寄与するものであることが描かれています。

 

鷲津、芝野、松平の3名が、うっすらと関わりを持ちながら物語が進んでいくスタイルが、何ともおしゃれでエレガントです。

そして、何と言っても、この作品の中では、ジャズ音楽が効果的に使われているのが素晴らしいところです。

 

この作品は、間違いなく、日本で最も素晴らしい金融ミステリー小説の一つです。

米澤穂信「Iの悲劇」

住民がいなくなった地方の集落に移住者を募る市役所職員の話です。いくつかのエピソードから成っており、最後に裏が明かされるという構成です。

主人公の万願寺は、市の甦り課で、移住者のケアやトラブル解決に奔走する。その上司の西野課長と部下の若い女性の観山は、そんな万願寺を横目に見ながら、適当に仕事をこなしている。

3人は移住者が定着するというミッションに基づいて仕事をしているわけですが、その構図が最後鮮やかにどんでん返しされることに、読者は呆気に取られることになります。

市役所の業務の細部がリアルに描かれている分、最後のどんでん返しの効果が大きくなります。

著者の筆致が本当に素晴らしく、グイグイと物語に引き込まれます。

おもしろい作品でした。