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「マイルス・デイヴィス Miles Ahead 」★★★☆


Miles Ahead Official Trailer - Don Cheadle, Ewan McGregor

マイルス・デイヴィスを取り上げた映画となれば、ジャズファンとしては足を運ばざるを得ません。マイルスといえば、常にジャズ界を牽引し、新しい道を切り開き続けたミュージシャンです。同時代を生きたモダン・ジャズのミュージシャンで、マイルスから何らかの影響を受けなかった者は皆無と言っても過言ではありません。多くの偉大なジャズ・ミュージシャンたちがマイルスの下でプレイし、何かを得てマイルスの下を離れて行きました。

 

ビバップを創設した中心人物の1人だったマイルスは、やがてモードジャズ、そしてエレクトリック・ジャズへと移っていくわけですが、そんなマイルスが70年代後半の5年間、音楽活動から身を引いていた時期があります。その時代のマイルスを取り上げたのが本作品です。

 

音楽雑誌のライターがマイルスの自宅を訪ねる。マイルスは当時荒れた生活を送っており、薬のためのお金を必要としていた。コロンビアレコードを訪れるも、取り合ってもらえず。その場にいたいかがわしいプロモーターにまんまと自分の音楽を録音したテープを盗まれてしまう。

マイルスはテープを取り戻すためにプロモーターの下へ押しかけていく。。。

 

 

本作品では、妻のフランシスとの出会いの場面が所々に挿入されます。まだピュアに音楽に打ち込んでいた時分のマイルスと今のマイルスを対比することで、その違いを浮き彫りにさせている感じです。

 

冒頭、マイルスは、♪Kind of Blueを褒めちぎるラジオを聴き、ラジオ局に電話して、アルバム『Sketch of Spain』に収録されている♪Soleaをかけるように求める場面があります。


Miles Davis - Solea

常に変化を求め続けているマイルスにとって、いつまでも何年も前のモード奏法ばかりを取り上げる聴き手が我慢できなかったという面は大いにあるように思います。

 

マイルスの不幸だったところは、自分の求める変化に聴き手が付いてきていないという思いを常に抱えなければならなかったところにあるように思います。マイルスが意欲的に新しい道を切り開けば切り開くほど、古くからのジャズファンからすれば、マイルスがどこかよく分からない方向に離れて行ってしまうように感じてしまったのではないでしょうか。

 

今でもどの時代のマイルスが好きかについては、人によって意見が分かれるところですが、個人的には、ビバップからモードに差し掛かるあたりの マイルスが最も聴きやすくて好きです。

曲でいえば、『1958Miles』に収録されている♪On Green Dolphin Streetが最もお気に入りです。


Miles Davis - On Green Dolphin Street

 

さて、本作品に話を戻すと、ハービー・ハンコックウェイン・ショーターエスペランサ・スポルディングといった大物ミュージシャンたちの登場シーンなど見所もありますが、マイルスを描くのだとすれば、もっと取り上げるべき事実があったように思います。

 

マイルスの原動力は、何と言っても人種差別問題です。本作品でも出てきましたが、当時のアメリカは、黒人が白人女性と親密にしていただけで逮捕されるという理不尽な社会だったわけです。他方、マイルス自身は、実力ある白人ミュージシャンたちを積極的に起用したりします。この辺の葛藤こそがマイルスの人格を描く上で必須のように思いますが、本作品ではそれほど重要視されているように思えません。

 

また、先に触れたように、マイルスの音楽の展開、すなわちビバップ→モード→エレクトリックという流れについて、もう少しきちんと描いて欲しかったという気がします。なぜマイルスがこうした変化を遂げ続けなければならなかったのか、それがこの作品で取り上げている空白の5年間の理由にもつながってくるように思います。

 

銃撃シーンなどのフィクションによる演出はある程度必要かもしれませんが、もう少し肝心な部分をしっかりと軸に据えていたら、なお良かったように思います。