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國重惇史「住友銀行秘史」

 

住友銀行秘史

住友銀行秘史

 

バブルの時代に世間をお騒がせしたイトマン事件の裏側を実名で赤裸々に告白した衝撃的な本です。今でも現役の人たちも実名で登場するので、出版には余程の勇気が必要だったに違いありません。

 

著者の國重氏は当時住友銀行で業務渉外部部付部長をされており、イトマン社長の退任劇に深く関与します。当時の住友銀行では、磯田会長という絶対的な存在がおり、その寵愛を受けた河村氏が繊維商社のイトマンに送り込まれ、イトマン社長として事業の拡大を進めます。

その過程で、河村氏は伊藤寿永光氏という不動産のプロをイトマンに引き込み、その伊藤氏が許永中氏らとともに、イトマンを食い物にした、という話です。

磯田会長には寵愛する娘園子がおり、園子の夫である黒川洋氏が磯田会長とイトマンの間をつなぐ役割を果たします。

本書では、こうした放漫経営が繰り広げられるイトマンへの対応について、人事抗争と絡みながら右往左往する住友銀行の内部事情を赤裸々に暴露している点が大変興味深いところです。本書を読むと、銀行のガバナンスがいかにずさんであったか、臨場感を持って伝わってきます。

 

当時の住友銀行内部では、磯田会長、西副頭取らがイトマンの河村社長と親しい間柄にあり、それに対して、巽頭取、玉井副頭取、松下常務、國重氏らが、反磯田の立場で結託し、イトマンの実態を明らかにし、住友銀行がこれ以上の損害を被るのを防ごうと尽力しているという構図がありました。

しかし、それぞれが一応のスタンスを持ちながらも、人事抗争が絡む中で、その意思が必ずしも一貫していたわけではなく、保身の観点から各人の気持ちが揺れ動く様子も伝わってくるところが興味深い点です。まさに組織人としてのさがが見え隠れしています。

 

著者はイトマン問題を世間に知らしめるために、日経記者と組んで「内部告発状」を政府関係者や住友銀行幹部に送付します。それは、あたかもイトマン内部の関係者が差出人であるかのような体裁でしたが、実際は國重氏が出していたことを、本書で告白しているわけです。事件から四半世紀が経過しているとはいえ、これは衝撃的な事実です。

 

本書からは、住友銀行の膿を出し切りたいという著者の執念が伝わってきます。河村社長や磯田会長の退陣という目標に向けて熾烈に暗躍するわけですが、他方で、それらを達成した後の著者の「無力感」も表明されています。

 

では、そうした著者の「無力感」はどこから来ているのか?

 

これは私の憶測でしかありませんが、著者は純粋に自分の正しいという理想に向けて行動したわけですが、そのための手法としては、人事抗争のような形を取らざるを得なかったという点にあるように思います。組織の中で自分が正しい道を実現するためには、それを実現できる人事体制を組まなければならないわけで、それは結局人事抗争に帰着せざる得ないというのが組織人の性ということなのでしょう。

 

内容的には決して清々しいものではありませんが、銀行あるいは組織のガバナンスについて考える上で極めて有用な本でした。