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池澤夏樹「骨は珊瑚、眼は真珠」

 

骨は珊瑚、眼は真珠 (文春文庫)

骨は珊瑚、眼は真珠 (文春文庫)

 

 池澤夏樹氏による短編集です。単行本が1995年に刊行された作品ですが、独特の世界観に覆われていて、奥深い余韻を残してくれます。

 

『眠る女』は、アメリカ東海岸で暮らす夫婦の話。妻は夫が出かけた後、眠気に襲われ、不思議な儀式に参加する夢を見る。。。

 

『アステロイド観測隊』は、ある大学の教官が授業のカリキュラムの最後で、かつての経験談を講義した話。その教官は若かりし頃、小惑星の観測のために小さな島国に赴いたのだが、その国の大統領官邸の噴水の照明が観測の邪魔だったため、発電所を止めて逮捕されてしまう。

 

『パーティー』は、山登りで不思議な体験をした話。豪雨があった日の翌朝に下山したが、途中で若者のパーティーとすれ違う。しかし、その道の先は橋が流されており、そのパーティーの一団がどこから来たのか、疑問が残ったのだった。。。

 

『最後の一羽』は、北海道で最後の一匹となったシマフクロウの話。

 

『贈り物』は、主人公が気の進まなかったパーティーに参加して出会ったアメリカ人女性の話。彼女は日本に来てホームシックにかかったが、サンタクロースがいっぱい乗ったバスを見かけてからは元気になった。。。

 

『鮎』は、加賀と越前の国境近くの村に住む才助が、越前から逃れてきた若者の小吉を金沢の旅館に紹介し、のちに小吉が出世するという話。才助は当初、小吉に対して町に出ない方がよいと諭していた。才助は後年、親類の世話を頼みに小吉の下を訪れて依頼をするが、小吉は頼みを断る。そのとき、小吉の意識は遠のき、気が付くと、小吉は30年前にタイムスリップしていた。才助は「だから言っただろう」と小吉に諭す。。。

 

『北への旅』は、ある生物工学上の事故で人類が滅びてしまう話。シェルターから抜け出して独りぼっちの主人公は、北へ向かって車を走らせる。クリスマスの夜、主人公は一人クリスマスツリーを点灯させ、あと数日で死を迎える自分のために涙したのだった。。。

 

『骨は珊瑚、眼は真珠』は、亡くなって亡骸を焼かれる夫の視点で描かれた斬新な作品。夫は生前、若い妻に対して、自分が死んだら骨を海に撒いてほしいと求めていた。妻はその言葉どおり、海に散骨をする。。。

 

『眠る人々』は、知人夫婦の山荘に遊びに行った主人公が、送電線の鉄塔の下で幸せを噛み締めながらUFOに話しかける話。主人公の夢には、無数の人々が水中で固定されて漂っている光景がたびたび登場する。。。

 

 

いずれも印象深い短編ばかりですが、個人的に最も印象深かったのは『鮎』です。町に出た若者が順調に出世する話しかと思いきや、突然30年前にタイムトリップして、成功話はすべて空想だったという展開は、意外性に溢れ衝撃的でした。

 

しみじみと自分の幸せを反芻する『眠る人々』も、無数の人々が水中で静かに眠る光景が目に浮かぶようで、とても印象的です。

 

いずれの作品も、現代人の日常生活をどこか達観している作者の姿勢が滲み出ています。それぞれの人々がいろいろなことを求め、あるいは守るために、必死に生きているわけですが、そんな人々が求めたり守ろうとしているものも、実は脆い存在にすぎないだという作者のメッセージがあるように感じました。