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オードリー・タン「デジタル化とAIの未来を語る」

 

 台湾でデジタル担当政務委員を務めるオードリー・タンのインタビューをまとめたものです。著者はIT業界で名をはせてきたことが知られていますが、それ以上にコミュニティの在り方や政治の関り方について深く熟慮されていることが伝わってくる本です。

 

タン氏は、行政の幅広い分野でユニークな提案をしてきていることが分かります。コロナ禍においては、全民健康保険カードを活用しつつ、店舗のマスクの在庫状況を地図アプリで公開することにより、誰もが安心して効率的にマスクを購入できるようにしたのも、タン氏の提案だったそうです。

また、AIについての考えを述べている部分も大変興味深いです。タン氏は、人間がAIに使われるという心配は杞憂だと断言します。確かに、AI自身が自分で学習方法を模索し、いったん学習方法を見つけ出すと、AIは自己学習してレベルアップするようになっています。しかし、AIが下した決断の理由は人間にもAIにもわからないとタン氏は指摘します。そうしたAIが導き出した結論について説明責任を果たしていくのは人間です。そして、タン氏は、人間とAIの関係について、以下のように述べています。

「人間が、「私はこういうことを実現したい」という目標を設定したら、人間が特別なことを行う必要がなかったり、AIに行わせたほうが効率のいい部分はAIに助けてもらいながら仕事を進めていく。そこでは、常に人間が主体的であり、AIはあくまでも人間を助ける役割だということです。」

タン氏は、こうしたAIと人間の関係をドラえもんのび太の関係になぞらえています。

ところで、タン氏は、ディープラーニング睡眠学習と似ているというのですが、これはタン氏自身が眠っている間に脳に作業をさせており、これがディープラーニングと似ているのだそうです。つまり、タン氏は寝る前に仕事に必要な資料を読み込んでインプットし、それが終わると「明日起きたらこの問題の回答を得なければならない」と思って眠りにつくと、翌朝目覚めたら頭の中に回答ができあがっているのだそうです。タン氏自身も、眠っている間に脳がどのように働いたのか仕組みが分からないのだそうです。ちょっと、常人とは頭の構造が違うようですね。

 

タン氏は、12歳でインターネットと出会い、「プロジェクト・グーテンベルク」運動、すなわち著作権の切れた名作などを電子化してインターネット上で公開する運動に参加します。そこで、タン氏は簡体字繁体字を変換するプログラムを開発したそうです。そして14歳で学校を離れ自主学習を始めます。この頃、ウィトゲンシュタインの論理学にも出会い、15歳で起業し、18歳でアメリカに渡りシリコンバレーで起業します。そこでオープンソース運動にも関与し、ソフトウェアを開発し、その後、ビジネスから引退してアップルのデジタル顧問を務め、Siriの開発に参画したそうです。

その後、タン氏は政治の道に足を踏み入れることになるわけですが、タン氏が現在のポストをオファーされたときに、3つの条件を出したとのこと。一つ目は「行政院に限らず、他の場所でも仕事をすることを認める」、二つ目は「出席するすべての会議・イベント・メディア・納税者とのやりとりは、録音や録画をして公開する」、三つ目は「誰かに命じることも命じられることもなく、フラットな立場からアドバイスを行う」ことだったそうです。この3つの条件に、タン氏の政治姿勢が強く表れています。

タン氏がまず立ち上げたのが「パブリック・デジタル・イノベーション・スペース(PDIS)」です。ここでは、社会問題や環境問題の解決に向けて、みんなで力を合わせて取り組む会議を開催し、そこで少数意見取り上げたり、インターネットを利用して多くの人々とつながりながら、議論を政策に反映してきているとのこと。

こうしたやり方は、オープンソースでプログラミングの問題を解決してきた経験が活かされているように感じられます。

タン氏は次のように述べています。

「私の仕事は非常に明確で、様々な異なる立場の人たちに対して、共通の価値を見つけるお手伝いをすることです。いったん共通の価値が見つかれば、異なるやり方の中から、みなさんが受け入れられるような新しいイノベーションが生まれます。それは共通の価値と実践の価値のイノベーションです。」(p160)

こうしたタン氏のやり方は、やはりトランスジェンダーというマイノリティの立場が大きく影響していることは疑いないでしょう。この点についても、タン氏はインタビューの中で赤裸々に語っています。

 

最後に、タン氏は、プログラミング思考の重要性を指摘します。これは、プログラミング言語といった「スキル」を学ぶということではなく、「素養」を身に着けるということです。つまり、様々なツールを利用して、物事を見る方法や複雑な問題を分析する方法を訓練するということです。これは「デザイン思考」「アート思考」とも言い換えられます。

タン氏は、デジタル化の進展に伴って重要となる、サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、アート、マスマティックスにデザインを加えた「STEAM」教育の中でも、根幹はサイエンスとテクノロジーだと指摘します。その意味では、より多くの人が科学者・技術者になることができるようにしていくことが大切で、そのためには「科学技術の分野をもっとオープンにしていく」ことが重要になるとし、最近では一日のうちわずかな時間を割いて貢献するだけで「市民科学者」になることができるのだとタン氏は指摘します。

 

本書を読むと、タン氏がいかに稀有な人材であるかがよく分かりますし、そのタン氏を政府の要職に付けた台湾の蔡英文総統の選球眼の凄さが分かります。

タン氏が指摘するように、日本でもこれからの時代はより多くの人が科学や技術に接することが重要であるように思いますが、日本では文系・理系に分けた教育がいまだに行われており、文系は科学や技術に疎くても許される風潮が根強く存在します。こうした風潮を打破し、老若男女問わずもっと科学や技術を身近にしていかないと、日本は世界から取り残されていくように思います。


Digital Social Innovation to Empower Democracy | Audrey Tang | TEDxVitoriaGasteiz

このTEDのタン氏のスピーチからも、タン氏の政治姿勢を端的に理解することができます。

 

コロナ禍における日本社会の進むべき方向を考える上で、大変有用なインタビューでした。