映画、書評、ジャズなど

戸堂康之「なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか」

なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか

一言でいえば、グローバル化の必要性を強く唱える本です。近年、経済安全保障の文脈から保護主義的な主張が目立ち始め、さらにコロナの影響で国境を越えた移動が制限される中、本書のシンプルなメッセージは、タイムリーで意義があるように思います。

 

本書では、グローバル化について、次のように定義しています。

グローバル化とは、まさによそ者とつながることです。それによって全く新しい情報や知識を得て、創意工夫をこらしてイノベーションを起こしていく。これを停滞させることは、人間の発展を阻み、私たちの暮らし向きを劣化させることでしかありません。」

私も、この主張には全面的に賛同します。

 

著者は、近時の世界経済の分断傾向を憂慮します。米中経済のデカップリング、日本の韓国に対する輸出管理の強化、インドネシア政府の自国産業保護政策などが典型です。そんな中、著者は「バリューチェーン」を重視します。つまり、単に生産に必要な部品を調達する「サプライチェーン」ではなく、最近は、製品を製造する前の設計・開発段階やデザイン、製品を製造した後のマーケティング、アフターサービスや、そのためのデータ解析などにおける企業のネットワークの重要性が高まっているという点を著者は強調しています。こうしたバリューチェーンが国境を越えて形成されてきているというわけです。

 

著者は、グローバル化によるメリットを強調します。その際のキーワードが「3人よれば文殊の知恵」です。つまり、外国人という「よそ者」とのつながりをもたらす情報や知識が新しい価値を組む効果こそがグローバル化の利益の本質だということです。その典型が研究開発における共同研究です。日本はかつては質の高い特許が多く生み出されていましたが、近年、その割合は低下しています。その要因として著者が指摘するのは、他国との共同研究の少なさです。著者によれば、国際共同研究を行うことで、企業の特許の質は平均的に36%高くなるのに対し、国内共同研究の方は13%しか向上しないとのことです。

 

さらに、著者は、自分が連携した相手同士も連携しているような密なネットワークをつくっていて、かつ自分とは異なる技術を持った企業とも連携している企業ほど、特許の引用数が多い、すなわち質の高い特許を生み出していることを指摘し、

「強い絆+よそ者とのつながり=最強説」

を唱えている点は興味深いところです。

 

にもかかわらず、グローバル化に対しては、根強い反感があることも事実です。その根拠として、人間の本能的な部分もあるわけですが、格差拡大への警戒感もあります。現に、先進国は、富裕層の所得が中間層や貧困層に比べて大幅に増加しているため、格差が拡大しています。グローバル化が進めば、先進国の未熟練労働者の賃金は途上国の未熟練労働者の賃金に近づくことも指摘されています。

また、著者は、日本企業が対外直接投資をして海外での雇用を増やしても、必ずしも国内の雇用が減るわけではないことを指摘します。それは、企業が海外進出をすることで、海外の知識や技術を吸収し、生産性を伸ばし、競争力を強化することができることや、日本企業がうまく雇用の再配置を行っているからだとしています。

そして、著者は、先進国の産業を幅広く高度化することで、国内の所得格差を減らすことができるはずだと指摘しています。

 

本書では、最後に経済安全保障との関係についても論じています。もちろん、一定程度の経済安全保障の観点からの規制は必要であったとしても、規制の影響は、規制された国だけではなく、規制した国や世界中の国に大きな経済的な損失を与えます。米国は強いファーウェイ締め出しを実施してきていますが、それによって米国自体も不利益を被っているわけです。このため、著者は、日本が主導して、安全保障を李湯とした貿易・投資・技術移転の規制について、新しい国際的な枠組みを構築すべきだとしています。

 

以上が、本書の内容ですが、私は著者の主張に共感する点が多々ありました。近年、日本政府では、経済安全保障の観点が強まっています。その背後には、米国トランプ政権による対中強硬策があったことは言うまでもありません。

しかし、本書が強調するバリューチェーンの観点からすれば、やり過ぎは大きな弊害をもたらすと思います。現に、日本の企業も大学も含め、中国の企業や大学、あるいは中国人との交流なしには成り立たないのが現状です。にもかかわらず、中国に技術が流出してしまうという観点を強く押し出して、中国との交流を狭める方向に向かってしまうと、その不利益を被るのは日本の企業や大学です。現に、中国の企業や大学の研究開発のレベルは、優に日本のそれを上回っている分野が多くあります。研究開発費のレベルも論文数も、いまや中国の方が日本を凌駕していることは忘れるべきではないでしょう。

著者もあまりはっきりとは言ってはおられませんが、こうした経済安全保障の観点からの規制が強まっていることへの危惧を持たれているように見受けました。

 

私がとりわけ共感したのは、グローバル化が進展しても、より大きな付加価値を生み出す事業へ転換していくことで、所得格差を減らすことができるという指摘です。一時期、日本企業の海外進出が懸念されたことがありましたが、それは、既存の製造業を中心に考えていたことが背景にあります。製造業の中でも、汎用部材の製造や組み立てといった部分は付加価値が低く、もはや日本国内で賄うことが困難でしょう。そうした部分は海外に移転していくことが必然でしょう。

しかしながら、日本の多くの製造業は、依然としてこうした付加価値の低い部分にこだわっているようにも見受けられます。一刻も早い発想の転換をしていかないと、日本の製造業は成り立たなくなっていくでしょう。

 

保護主義の傾向が再び強まる中において、大変タイムリーな本でした。