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太宰治「晩年」

 

晩年 (新潮文庫)

晩年 (新潮文庫)

 

 太宰治が27歳の時にまとめた短編集です。

久々に純日本文学を手にしてみました。

「葉」は、断片的な描写が断続的に連なった作品。切り取られた場面が走馬灯のように流れていきます。

「思い出」は、少年時代の歪んだ感情を率直に描いた自画像的な作品。女中への淡い恋心が率直に描かれています。『人間失格』に通ずるモチーフです。

「魚服記」は、貧しい炭焼きを父に持つ娘スワの話。スワは父親の代わりに滝を見に来る客相手に店番をしていたが、鮒に変身して滝壺に吸い込まれていく。。。

「列車」は、同郷の友人を追って上京してきた女が故郷に追い返され、その列車を見送るという話。主人公は善意で見送りに行ったのだが、気まずい時間を過ごす。。。

 「地球図」は、日本に潜入したキリシタンが獄死した話。イタリアのキリシタンであるシロオテを新井白石が尋問するシーンが印象的な作品です。

「猿ヶ島」は、猿同士が会話している話。主人公の猿は、自分達が人間達を見世物として見ていたが、やがて自分達の方が見世物であることに気付き、動物園を抜け出す。。。

 「雀こ」は、津軽弁を用いた詩。

道化の華」は、心中を図って一人生き延びてしまった青年が療養している話。療養所には友人や親族が集まっているが、相手が亡くなったことによる悲壮感は感じられない。所々で著者の太宰の意識が入り込んで、この作品について批評しているところが斬新な作品です。

「猿面冠者」は、 小説家の苦悩を客観的視点から描いた作品。その作家に、ある女性から葉書が届き、彼は書きかけの原稿の題名を「猿面冠者」とした。。。

「逆光」は、4編から成る短編。25歳を超えただけの青年がもはや晩年の境地に至っている「蝶蝶」、試験の答案に問題と無関係な記述を書き散らかして早々に試験会場を後にする「盗賊」、カフェで学生と百姓が喧嘩する「決闘」、村にやって来た見世物のくろんぼの女の話である「くろんぼ」。「蝶蝶」の中の次の一節が印象的です。

老人の永い生涯に於いて、嘘でなかったのは、生れたことと、死んだことと、二つであった。

 「彼は昔の彼ならず」は、大家の青年と借主の交友の話。その借主は一向に家賃を払わず、いずれ小説を書くと言ってぐうたらな生活をしていたが、大家の青年は彼を憎めず、“He is not what he was.”というかつて教科書で見つけたフレーズを思い返しつつ、むしろ彼の将来の出世を期待すらしてしまう。。

 「ロマネスク」は、太郎、喧嘩次郎兵衛、三郎の3人についての3編から成る。最後3人は居酒屋で遭遇する。。。

 「玩具」は、幼い頃の記憶の断片をつなぎ合わせた短編。

 「隠火」は、4篇の短編から成る。中でも印象的な「尼」は、男の家に尼がやって来て、如来が現れるという話。

 そして最後の「めくら草子」は、隣のマツ子との会話を中心にした、やや混乱した話し手の独白。

 

 

なぜ20代の青年が晩年という短編集をまとめなければならなかったのか。解説を書かれている奥野健男氏は、太宰治は自殺を前提にして、遺書のつもりで小説を書きはじめたのだ。

と述べています。

それだけ太宰は壮絶な思いでこの短編集をまとめたということが窺えます。

 全体を通して見ると、この短編集が、後年の『人間失格』に通じていることは、はっきりと感じ取れます。

新たな文体を模索する葛藤と、自らの偽善を省みる心情とが、とにかく錯綜した短編集で、読後感は決してスッキリしたものではありませんが、太宰の計り知れない才能を感じさせる作品集でした。