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独裁政権後の行方は

 チュニジア、エジプトに続き、リビアの独裁政権の帰趨が注目されています。

 この動きがこれからどこへ向かっていくのか?アラブ世界以外への拡大(例えば中国など)があるのかどうか?この辺を学問的に論じた説はこれまであまり見られないように見受けられます。それだけ、こうした一連の動きは、研究者たちが予想していた以上のものであるということが言えるでしょう。

 強いて言えば、こうしたダイナミズムは、ネグリ=ハートが『帝国』の中で論じたネットワーク権力に支えられた<帝国>拡大の動きに結びつけて論じることができるかもしれません。

<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性

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 そうだとすれば、この動きは極めて危うい基盤の上に生じているといえるでしょう。なぜなら、<帝国>はマルチチュードの力によって支えられていると同時に、マルチチュードによって攻撃され、衰退する運命にあることを、ネグリたちは予想しているからです。

 いずれにしても、我々が認識しなければならないことは、こうした一連の民主化の動きによって、アラブ地域が歴史上の前進を遂げたのだという楽観視はあまりしない方がよいだろうということです。様々な民族が群雄割拠するこの地域では、選挙によって政治が安定するとはとても思えないのです。

 選挙を経ていない政権を担ぐ国の人々にとって、選挙がどれだけ羨ましい制度に見えるかは、想像に難くありません。選挙ほど政権に正統性を与えることができる制度は歴史上存在しません。

 しかし、民主主義というのは、社会の根幹にかかわるような問題を解決することができないことは、東大の長谷部教授がたびたび指摘しているところです。ロバート・ダール教授の言葉を借りれば、民主政治は「瑣末事」にのみかかわるものということが言えます。

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

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 アラブの各民族間の調整というのは、決して「瑣末事」の範疇に収まるような話ではありません。だからこそ、この地域には長らくオスマントルコ帝国が君臨し、異なる宗教も民族が混在する地域を帝国として収めてきたわけです。

 例えば、我々がテレビでリビアカダフィ大佐の演説を見れば、彼がいかに狂気の人物であるかは一目瞭然でしょう。しかし、こうした人物が長年君臨してきたこと、あるいはこうした人物が君臨しなければならなかったことこそ、この地域の複雑な事情を象徴しているのではないでしょうか。

 この問題は中国にとって決して人ごとでないことは、既に中国各地でデモの開催が呼びかけられていることからも窺えます。アメリカを始めとする世界中の国々に大量の留学生を送り込んでいる中国ですが、中国の多くの若者たちは、世界各国の中で選挙を実施していない国がごくわずかしかないことは重々承知です。中国共産党政権は、戦時中に日本軍と勇敢に戦い、日本軍を追い出したことが、政権に就いている唯一の正統性の根拠であると言っても過言ではありません。しかしながら、現在の共産党政権の幹部は、そうした歴史を自ら体現してきたわけではありません。

 つまり、中国共産党政権は、極めて危うい基盤の上に成り立っているのです。尖閣諸島の問題などで日本と衝突が起こると、中国共産党政権が異常なまでに硬化するのは、こうした政権の正統性の問題と密接に絡んでいます。日本に対して優柔不断な態度を取れば、共産党政権の存立基盤の崩壊につながりかねないのです。
 
 だから、ネットを通じた民衆蜂起という問題は、中国でこそ最も起こりえる現象だったのです。それがアラブ世界から始まったということは、おそらく多くの研究者は有識者たちにとっても意外だったでしょう。

 これからの大きな問題は、独裁政権が倒れた後に、どのような体制が構築されるかです。今のイラクやアフガンの混乱を見れば、選挙をすれば安定した政権が誕生するとはとても言えないことは一目瞭然です。中東全体が再び内乱のような状況に陥るのか、あるいは、再び違う形の独裁政権が誕生することになるのか、それが誰にも分かりません。

 哲人による独裁制を称え、民主制を批判したプラトンが提起した問題意識は、現代においてもなお健在なのです。

プラトンの呪縛 (講談社学術文庫)

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