久しぶりにブルーノート東京に足を運びました。ボサノヴァの巨匠カルロス・リラです。
ボサノヴァは1950年代にブラジルで生まれた比較的新しい音楽ジャンルですが、その世界中での浸透力はすさまじいものがあります。本国であるブラジルではあまり聞かれなくなったものの、ジャズの世界ではスタンダードとしてたくさんのボサノヴァの楽曲が日々演奏されています。
ボサノヴァといえば、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトらが圧倒的に有名ですが、カルロス・リラも彼らと同時代を生きたボサノヴァ第1世代の1人であり、今やボサノヴァ創生期を知る重鎮の1人です。
さて、今回のステージですが、カルロス・リラがギターを弾きながらボサノヴァの短い楽曲を次々に軽快に披露し、それをバックの演奏者たちがほとんど完璧ともいうべき演奏で支えており、極めてレベルの高いステージでした。
圧倒的なキャリアでボサノヴァが体に染みついたカルロス・リラが繰り出すギターと歌声は、ボサノヴァの軽快なリズムを刻みます。
トランペットやサックスも完璧です。サックス奏者は時折フルートに持ち替えて演奏していたのですが、このフルートの音色がまたボサノヴァのリズムに見事にマッチしていました。ボサノヴァとフルートの親和性を見せつけられた感じでした。ベースもドラムも、カルロス・リラのリードするリズムに見事に追随していました。
アンコールの曲は「Samba Saravah」。フランスの映画「男と女」の回想シーンのバックで流れる印象的な曲です。
さて、カルロス・リラはあるインタビューの中で次のような発言をしていることが注目されます。
「リラ:ボサノヴァは外国人向けの音楽だと言われたこともあるし、さらにエリートにしか向いてない音楽だと言われたこともある。でも、そうであったとして何が悪い? ボサノヴァにはいろいろな影響が含まれているんだから、ある程度の文化的レベルの持ち主じゃないと充分に楽しめないんじゃないかな。その点、日本は中流階級の人がたくさんいて、学歴の高い人、文化的な人もたくさんいる。だからこそ、これほどまでにボサノヴァが愛されるんだと思うよ。」
A.C.ジョビン - カルロス・リラ&ホベルト・メネスカル インタビュー|MUSICSHELF
ボサノヴァは中産階級による中産階級のための音楽だというのは、実はカルロス・リラの長年唱えてきた持論です。昔から数々のインタビューの中でカルロス・リラはこの言葉を繰り返してきたのです。
ボサノヴァは、リオデジャネイロの中産階級の人々が心地よい洗練されたサウンドを求めて生み出し育んだサウンドです。そして、メロディが他のいかなる要素よりも重視されてできあがっている音楽です。
その心地よいリズムは、瞬く間に世界へと広がっていきます。映画「黒いオルフェ」で使われたテーマ曲はボサノヴァの定番となり、そして、アメリカではかの有名な「ゲッツ/ジルベルト」が1963年に大ヒットを記録します。数々のジャズ・ミュージシャンがボサノヴァを取り入れました。フランク・シナトラもボサノヴァとの共演を打診してきます。
こうしてボサノヴァは、欧米の中産階級に浸透していく一方で、本国のブラジルでは退潮していきます。中産階級のための音楽であるボサノヴァは、ブラジルの大衆の心を捉えきれなかったのです。
他方、ボサノヴァは日本では大変広い支持を集めています。
今回のカルロス・リラのステージも、客席はほとんど満員でした。今でもFMラジオからはボサノヴァの旋律がほとばしるように流れています。なぜ、ボサノヴァが日本でこれほど支持されるのか、カルロス・リラは、日本人の文化レベルの高さをその要因として挙げているわけです。
カルロス・リラが与えてくれた素晴らしい夜に改めて感謝です。