映画、書評、ジャズなど

「グリーンブック」★★★★

アカデミー賞作品賞作品を鑑賞してきました。

黒人ピアニストのドン・シャーリーとそのマネージャーとして雇われた白人男性トニー・リップが、全国を公演で回るというストーリーです。

シャーリーは繊細な感性を持つピアニストであるのに対し、リップはがさつで喧嘩っ早い、と対照的な2人。

ツアーの最終地では、公演会場のホテルのレストランで、シャーリーは黒人であることを理由に入店を拒否される。シャーリーとリップは、公演をキャンセルし、黒人客が溢れかえるカジュアルな居酒屋で演奏し、客と一体になって大いに盛り上がる。

2人はそのままクリスマスに間に合うようにニューヨークに戻る。リップのホームパーティーに姿を現したシャーリーを一同は歓迎した。。。

 

 

ストーリーは極めて単純で、男2人の間に次第に芽生えてくる共感が良く描かれています。

黒人の方がエレガントで、白人の方が粗野という対照的なキャラクターの構図で描かれているのが特徴的ですが、それでも、本質的な部分においては、白人が優位な社会であることが表現されています。

 

ただ、作品の描かれ方としては、リップが主人公であり、リップ中心の目線で描かれている面が感じられました。こういうテーマを扱うのであれば、シャーリーとリップの2人の目線をフラットに描いた方が、より幅広い観衆の共感を得られたように思います。

 

清々しいエンディングでありながら、どこか居心地の悪さが残ってしまったのは、こうした面にあるのではないかという気がしました。

「ドライビング Miss デイジー」★★★★☆

 

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 20年以上ぶりに観返しましたが、いつ観てもほのぼのした気持ちにさせてくれる大好きな作品です。

 

元教師の未亡人デイジーは、何でも自分でテキパキと決めて裕福な生活していたが、高齢を心配した息子のブーリーは、黒人運転手のホークを勝手に雇ってしまう。デイジーは当初、ホークに対して冷たく当たっていたが、やがてホークの献身的な態度に好意を寄せるようになる。

 

ホークの幼少期の経験談から、黒人の運動にもシンパシーを寄せるようになり、ブーリーを困惑させることも。

 

しかし、ある日突然、デイジーは痴呆症になってしまい、施設で過ごすようになる。ホークはしばらくデイジーと会うことはなかったが、久しぶりに、ブーリーと一緒に施設を訪れた。衰えた様子のデイジーだったが、ブーリーに席を外させ、ホークと2人きりで話をするのだった。。。

 

 

デイジーの頑固さが決して嫌味ではなく、ホークのことを次第に受け入れていく過程が、とても説得的に描かれています。

まだ根強い人種差別が残っていた時代が背景となっているので、その辺の違和感が全くなくはないのですが、それを超越する温かさを感じる作品です。

「エレニの旅」★★★★

 

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第二次大戦に巻き込まれたギリシア人の難民を描いた作品です。

始めから終わりまで終始重苦しい空気に包まれており、主人公のエレニも泣き崩れてばかりの作品です。

 

ウクライナ黒海に面した都市から住む場所を追われて放浪するギリシア人の難民たち。その中に、幼いエレ二もいた。一行はギリシアの地にニューオデッサ村を築く。エレ二は、一行のリーダーであるスピロスの養女として育てられたのだが、スピロスはエレニと結婚することに。しかし、結婚式当日、エレニは、スピロスの息子アレクシスとテサロニキに逃げてしまう。

その後、エレニとアレクシスの間には、もともと双子の息子を設けていたが、スピロスにばれることを怖れ、養子に出していた。やがて、2人の息子を引き取り、一緒に暮らすことに。

アレクシスは、アコーディオン演奏で生計を立てていたが、アメリカで演奏する誘いを受けるが、悩んだ末、結局、アメリカ行きを決意する。

やがて、戦争が本格化する中、2人の息子も戦争に駆り出される。アレクシスもアメリカで軍人となり戦争に参加する。

エレニは1人残され、家族の心配をする日々を送る。アレクシスは沖縄で出撃し死亡。そして、戦場で息子の亡骸を見つけ、泣き崩れるのだった。。。

 

 

 とにかく、長くて暗い作品であることは否めないのですが、戦争で住む場所を追われるということは、それだけ陰鬱で悲惨なものだということなのでしょう。

そうした中で、女性こそがもっともつらい思いを強いられているともいえます。エレニも正にそうした戦争の被害者の1人ですが、他方で、涙にくれつつも、愛する家族のために必死になって生きようとする生命力も感じます。

 

近年のクリミアを巡る紛争を見ても分かる通り、黒海の近辺は多くの民族が共生する複雑な地域ですから、一旦戦争に巻き込まれると、こうした難民の問題が噴出するわけです。そんな悲惨さがこれでもかというほど描かれています。

 

この後に作成された『エレニの帰郷』が当初予定されていた3部作の2番目に当たるようですが、これがテオ・アンゲロプロス監督の遺作となったようです。

 

この監督の作品としては、過去に以下の作品を鑑賞しました。

 この作品も、静かに淡々と物語が進む中で、国家の争いの中で翻弄される人々を描いています。

 

ハリウッド作品のように決して大衆受けする作りではないのですが、映画の一つのスタイルを突き詰め、究めているように思います。

「バラバ」★★★★

 

バラバ [DVD]

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 アンソニー・クイン主演の1962年のイタリア映画です。

原作は、ノーベル文学賞を受賞したペール・ラーゲルクヴィストの小説です。

バラバ (岩波文庫)

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時代は、キリストが正に処刑されようとしているエルサレム。キリストの処刑に合わせて恩赦を受けて釈放されたのが、盗賊のバラバだった。

釈放されたバラバは、早速かつての恋人の下を訪れたが、彼女はキリストに傾倒しており、キリストが2日後に生き返ることを確信していた。バラバは神を全く信じておらず、実際にキリストの遺体が墓場から消えていても、キリストの復活を信じなかった。

 

バラバは再び犯罪を犯して囚われの身となる。そして、シチリア島の硫黄鉱山で強制労働させられるのだが、鉱山の事故で仲間でキリストに傾倒するサハクと共に奇跡的に生還する。2人はその不死身さを州総督に認められ、バラバはローマの剣闘士となる。

バラバは剣闘士として次第に頭角を現す。しかし、サハクはキリストへの憧憬が捨てられず、処刑される。

その後、バラバは民衆の人気を獲得し、自由の身となることを許される。そして、真っ先に仲間のサハクの遺体を墓場から掘りこし、使徒ペテロの下へ連れていく。

その後、街で大規模な火災が発生する。それはキリスト教徒によるものだと聞き、バラバはそれがキリストの教えに従う行為だと信じ、一緒になって放火を行い、他のキリスト教徒と共に捕らわれる。

バラバは磔の刑になる。。。

 

 

莫大なコストをかけてセットを用意したであろう壮大な歴史スペクタクルです。神の存在を全く信じていなかったバラバが、様々な経験を通じて次第に神を信じるようになっていく過程は、よく描かれているように思います。

 

時の皇帝権力が、キリスト教という新たな聖の権威の出現をいかに警戒していたががよくわかります。

 

やや強すぎるキリスト教色を考慮しても、純粋に楽しめる作品です。

「シャイニング」★★★★☆

 

シャイニング [Blu-ray]

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 キューブリック監督の代表作といっても良いでしょう。もう何度も見ましたが、迫りくる狂気、恐怖心の描き方はぴか一です。

 

雪深いロッキー山脈に位置するホテルは、冬季は閉鎖される。その時期の管理人を志願したのが、小説家志望のジャックだった。ジャックは、静かに執筆できる環境を求め、妻のウェンディ―、息子のダニーと共に、このホテルに冬の間移り住むことに。

ダニーは、口の中にもう一人の人格が宿り、未来を予測できる特殊な能力を持っていた。

ホテルでは、かつて管理人として一家が滞在していたが、妻と2人の娘が父親に惨殺されるという凄惨な事件が起きていた。

特殊な能力を持つダニーは、当初から、ホテルで様々な幻覚を見る。廊下に立つ2人の少女、エレベーターの隙間からあふれ出す大量の血などなど。

小説の執筆が思うように進まないジャックも、次第に精神的に参っていき、妻のウェンディ―につらく当たるようになる。

そして、ホテルには近寄ってはいけないとされる部屋があった。そこでダニーは女性に首を絞められるという事件が起こる。ジャックがその部屋に行くと、そこには麗しい全裸の女性が。ジャックとその女性は抱き合うが、ふと鏡を見ると、その女性は腐敗しかけた老婆だった。

ジャックはいよいよ狂気となり、外界との連絡手段を遮断し、斧を持ってウェンディ―とダニーを追い回す。状況を心配したホテルの総料理長が到着したが、すぐにジャックによって殺害される。

庭の迷路に逃げ込んだダニーを追いかけていったジャックであったが、やがて、迷路内で力尽きて凍死する。。。

 

 

この作品の原作は、スティーヴン・キングの小説ですが、実際の小説と映画では、だいぶ相違点があるようで、スティーヴン・キングは、この映画に批判的だったことはよく知られています。

確かに、この映画のストーリー自体は、脈絡がない部分も多々あり、あまりよくできているように感じません。

他方、迫りくる恐怖感を描くカメラワークと陰鬱な音楽は、秀逸です。廊下に2人の少女が佇んでいて、それがドン、ドンと迫ってくるシーンは、観る者に底知れぬ恐怖感を抱かせます。

音楽は、カラヤン指揮のバルトークが効果的に使われています。


The Shining (1980) "Music for Strings, Percussion and Celesta" Béla Bartók.

 

ジャック・ニコルソンの鬼気迫る演技はとても素晴らしいです。この頃から既に素晴らしい俳優であったことが分かります。

 

理由を超えて、とにかく何度観ても飽きない作品だと思います。

「家へ帰ろう」★★★☆

uchi-kaero.ayapro.ne.jp

銀座のシネスイッチで鑑賞してきました。

ユダヤ人のアブラハムは仕立て屋をやってきたが、高齢となり、子供たちはアブラハムを施設に押し込もうとしていた。これに反発したアブラハムは、最後に仕立てた服を持って、故郷のポーランドに向けて旅立つ。ブエノスアイレスから、スペインのマドリードへ渡り、そこから列車でパリを経由してポーランドに向かう。

アブラハムは、その服を、かつて自分をホロコーストから救ってくれた恩人に渡そうとしていたのだった。

途中出会う若者たちに助けられながら、アブラハムはようやく目的の人に巡り合えたのだった。。。

 

着想は面白く、評判も良い作品でしたが、実際に見てみると、淡々と話が進み過ぎて、やや退屈な感も否めませんでした。

マイケル・バー=ゾウハ―「エニグマ奇襲指令」

 

エニグマ奇襲指令 (ハヤカワ文庫 NV 234)

エニグマ奇襲指令 (ハヤカワ文庫 NV 234)

 

 著者はブルガリア生まれ、その後イスラエルに移住し、新聞社の特派員を経て、イスラエル国防省の報道官を務め、従軍したり、国会議員になったりと、多彩な経歴の方です。

 

第二次大戦中のイギリス。ドイツのロケット開発が進んでいる中、ドイツの情報を入手するため、ドイツの暗号装置“エニグマ”を奪取する計画が練られた。MI6長官ボドリーがその実行役として白羽の矢を立てたのは、大泥棒のベルヴォアールだった。ベルヴォアールはかつてパリのゲシュタポの倉庫から金塊を盗み出した実績があった。

ベルヴォアールがフランスに渡ると、その情報は敵方に筒抜けだった。誰かがベルヴォアールのフランスへの渡航を敵に密告していたのだった。ベルヴォアールはかつての盟友を辿り、エニグマの奪取に向けた計画を続行する。ゲシュタポに追われる美女ミッシェルを引き込み、ドイツの国防軍高官のもとへ送り込み、エニグマの移送計画を仕入れる。しかし、それはドイツ側が仕掛けた罠だった。

その情報をもとに、フランスのレジスタンスのメンバーはエニグマ奪取計画を遂行するが、ドイツ側の反撃にあい、多くの犠牲者を出す。その中にはベルヴォアールは含まれていなかった。

ベルヴォアールは、ひそかに別のエニグマをターゲットにした奪取計画を遂行していた。偽物のエニグマを作り、それを本物とすり替え、それをドイツ軍の物資に紛れ込ませてドイツに送り込んでいた。しかし、ベルヴォアールがドイツでエニグマを受け取ろうとしたときに、ドイツの国防省高官の手で破壊されてしまう。

ベルヴォアールはロンドンに戻り、計画が失敗したことをボドリーに告げるが、ボドリーから驚くべき顛末を聞かされる。イギリスはエニグマを既に入手していたのだった。そのことがばれるのを隠すために、あえてエニグマの奪取計画をベルヴォアールに遂行させていたのだった。。。

 

ラストのどんでん返しは衝撃的でした。エニグマを入手している事実を隠すために、英国政府は、多くの犠牲を払ってまでも、エニグマ奪取計画をぶち上げたというわけです。国家が多くの人々の犠牲よりも、戦争に勝利することを選ぶ、というのは、戦時下の国家の判断としては、いかにもリアリティを持つストーリーです。

 

本書はとてもテンポよくスリルを楽しめる作品で、著者の他の作品も読んでみたくなりました。