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アントニオ・タブッキ「インド夜想曲」

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 一人称の主人公が友人を捜してインドを旅するという小説ですが、普通の旅行記とはだいぶ趣を異にします。そもそもなぜインドで友人を捜しているかも明らかにされず、最後になって、実は主人公は小説を書いており、その小説の中で自らが誰かに探されているというストーリーであることを打ち明けます。つまり、ここで初めて、この小説の中で探されている対象が自分自身であるという何とも煙に巻かれたような不思議な感覚に落ち込むような種明かしがなされるのです。

 主人公の旅はまるで夢の中をうつらうつら彷徨うような感じで進んでいきます。最初に泊まったホテルでは、探している友人の知り合いだった女性に会ったり、友人が入院しているかもしれない病院の医師に会ったり、マドラスのホテルでは書類を置き忘れたという前泊者がやってきたり、バスの移動の途中で不思議な風貌の占い師である兄を背負う少年に出会ったり、フィラデルフィアで郵便配達をやっていたという男に出会ったりといった感じで話は進んでいきます。

 そして、最後は美しい女性と食事を共にしながら、からくりが明らかになるわけです。

 この何とも言えない甘美な雰囲気に思わず酔いしれてしまい、一気にタブッキの世界に引きずり込まれてしまいます。