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ウェルズ「盗まれた細菌/初めての飛行機」

盗まれた細菌/初めての飛行機 (光文社古典新訳文庫)

盗まれた細菌/初めての飛行機 (光文社古典新訳文庫)

 ウェルズといえば『タイムマシン』や『透明人間』などのSF小説で知られていますが、本書に収められた短篇は、シュールなユーモアに富んだものが中心です。

 「盗まれた細菌」は、コレラの細菌を盗み細菌テロを起こそうとした無政府主義者の話。追いつかれた無政府主義者はその細菌を飲んでしまったが、実はそれはコレラ菌ではなかった。。。

 「奇妙な蘭の花が咲く」は、日々の生活に退屈していた男が蘭の気根を買ってきたが、その蘭に襲われるという話。救出された男は、奇怪な冒険をしたことが嬉しくてたまらなかった。。

 「ハリンゲイの誘惑」は、ある画家が描いたイタリア人のオルガン弾きの絵の話。絵の中のオルガン弾きは眼を閉じたり、口をすぼめたり、手で絵の具を拭ったりする。そして、画家と絵の中のオルガン弾きは諍いを始める。

 「ハマーポンド邸の夜盗」は、金持ちの家のダイヤモンドを狙って絵描きを演じる夜盗の話。見つかったため逃亡を図りとっくみあいになるが、気がついてみると、夜盗を捕まえたことになっていた。。

 「紫の茸」は、妻の素行に耐えかねて家を飛び出した男が、ふと目にした紫の茸を食べ、ハイになって家に戻る話。その日を境に男と妻を巡る状況は一転してうまくいくようになる。。

 「パイクラフトに関する真実」は、太った男に肥満解消の薬の調合を教えたところ、体重がなくなってしまったという話。男は家の中で体が浮かびっぱなしになってしまったため、鉛の下着を装着する。。

 「劇評家的悲話」は、上司から劇の批評を頼まれた男の話。芝居について素人だった男は、芝居の演技から強い刺激を受け、普段の行動が演劇的になってしまったため、彼女からも嫌われてしまう。。

 「失った遺産」は、伯父の遺産をあてにする男の話。遺産目当てに伯父の元へ通うが、伯父の死後、肝心の遺書が見つからず、遺産は別の親戚に廻ってしまった。後日、伯父からもらった著書の中に遺書があるのが見つかる。。

 「林檎」は、列車の中で熟した林檎をもらった男の話。三ヶ月経っても萎びないというその林檎を、男は放り投げて捨ててしまったが、その後、夢の中で、その林檎が本当に知恵の林檎であることを悟り、捨てた林檎を探したものの、見つからなかった。。

 「初めての飛行機」は、飛行機を買って誇らしげに空を飛ぶ男の話。しかし、飛行機が街中を破壊してしまい、街中の反感を買ってしまったため、男は母親とともに別の街へ逃れていく。。

 「小さな母、メルダーベルクに登る」は、「初めての飛行機」の続き話で、男が母親と一緒に雪山に登山する話。周囲の登山家たちは登山を思いとどまらせようとする。男と母親は登山に成功したものの、帰りは足を滑らせ雪山を豪快に滑り落ちてくる。。


 以上が短篇のあらすじですが、どれもシュールなストーリーばかりです。正直、各短篇に含意があるとも思えず、何とも掴みにくいというのが率直な印象です。

 中でも印象的だったのは「紫の茸」です。妻の身勝手に振り回されてきた男が、家を飛び出して森の中で見つけた茸を食べたことで、妻に強気に物を言ったことから、その後の人生が大きく変わるという話です。茸が何の役に立つのかと問われた男は、次のように述べます。

「きっと、何か賢い目的があって、この世に遣わされているんだろうよ」

 この言葉に、男の茸に対する感謝の言葉が込められている。。。何ともシュールです。

 きっと、読み返すほどに味わい深くなっていくのでしょう。。。