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エルサレム賞受賞スピーチ

http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1233304788868&pagename=JPost%2FJPArticle%2FShowFull
 村上春樹氏のエルサレム賞受賞が決まった後、あるNGOが辞退を求めているという新聞記事が掲載されていたので、一体村上春樹氏がどう対応するのか多大な興味を持って見守っていました。

 村上氏は、体制を壁に、個人を卵にたとえて、次のようにスピーチを行いました。

"If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.

"Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us confronting a high wall. The high wall is the system."

http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5ggW8zWz2OqafmQij3OMo5mtzhifg

 私は村上氏は、政治問題に一切触れずにスピーチするのかと思っていましたが、実際には、政治問題を文学的比喩によって表現するというやり方で切り返してきました。

 村上氏が政治問題に言及したことについては、イスラエル人の中には面白くなかった人も数多くいると思います。

 現に、Japan Todayは、村上氏が政治的内容に言及したことに腹を立てている人がいたことにふれています。

While he received loud applause from the audience of around 700, a middle-aged man said he was offended due to the speech’s political content. He said it is wrong to criticize Israel when receiving a prize from the nation.

 おそらく、村上氏のような純文学者がもっとも容易に取り得た道は、授賞式を欠席することか、出席したとしても政治問題には触れないスピーチを行うことだったでしょう。それが村上氏の純文学者としての今の立場をもっとも傷つけるおそれがないやり方だったに違いありません。

 しかし、私は村上氏があえて文学的表現によって政治問題に言及した勇気を大いに賞賛したいと思います。村上氏は自分の今の立場を守るために自分に不誠実な行動を取ることは許せなかったのでしょう。その正直な姿勢に私は率直に関心してしまいました。

 村上氏はスピーチの中で、作家は嘘をつくことによって賞賛される、しかも嘘が大きければ大きいほど賞賛される、しかし今日だけは自分は真実を言うのだ、と前置きした上でスピーチを続けています。

 それほどの覚悟で村上氏はこのスピーチに臨んだのでしょう。

 村上氏の文学が世界中の人々の心を掴む根源には、村上氏が世界中で通用する誠実さを持ち合わせているからではないでしょうか。

 そう考えてみると、村上氏のエッセイが面白い理由がよく分かるような気がします。村上氏のユーモアセンスが優れていることはもちろんですが、それに加えて、村上氏が極めて誠実な姿勢で文章を綴っているという点が村上氏のエッセイに大きな魅力を与えているのではないか、そんな気がしました。

 私は今回の件で、村上氏の生き方や生きる姿勢により一層共感を覚えるようになりました。