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草間彌生 わが永遠の魂

kusama2017.jp

国立新美術館で開催されている草間彌生展を鑑賞してきました。

平日でしたが、比較的混雑しており、特にグッズの販売レジには長蛇の列ができていました。

草間彌生といえば、今でこそ、文化勲章を受章され、可愛らしいポップカラーの水玉模様をあしらったかぼちゃのモニュメントなどで有名ですが、かつてはハプニングの女王として、全裸パフォーマンスで世に名を知らしめた方です。

 

今回の展示でも、可愛らしいポップな展示とは対照的に、男根をイメージした突起物に覆われたボートや椅子などのモニュメントが数多く展示されていたのが印象的でした。

 

草間氏のこうしたセックスに対する執着は、実はセックスに対する恐怖感の裏返しなのです。草間氏は『無限の網ー草間彌生自伝』の中で、以下のように述べています。 

無限の網―草間彌生自伝 (新潮文庫)

無限の網―草間彌生自伝 (新潮文庫)

 

一番はじめのソフト・スカルプチュアがどうしてファルス、つまり男根の形をしたものになったかというと、それは私がセックスが汚いという恐怖感を持っていたからなのだ。私があんまりたくさんセックスのオブジェを作るから、私のことをよほどセックス好きと思いこんでいる人もよくいるが、それはまったくの誤解である。そうではなくて、逆にものすごく怖いからなのだ。

 つまり、草間氏がこれほどセックスに執着した作品を作るのは、ある種の自己療法なのです。

 

さて、この本の中では、草間氏の生い立ちが詳しく触れられていますが、草間氏がセックスへの恐怖感を持った背景には、幼い頃の両親の確執があったようです。草間氏は、父親は放蕩を繰り返し、愛人を囲ったりして、いつも両親が喧嘩をしている家庭で育ちます。こうした環境の中、草間氏は精神を病むことになるとともに、男女の不平等さに疑念を抱くようになります。

私の家系は、父子二台にわたって、男が女遊びに明けくれ、祖父と父が競争で女をあさった。男は無条件にフリーセックスの実践者であり、女はその陰でじっと耐えている。そういう姿を目のあたりにして、子供心にも、「こんな不平等なことがあっていいものだろうか」と、強い憤りと反発を感じたものだ。このことは、それからの私の思想形成に大きな影響を与えたと思っている。

人間の裸体、とりわけ男の性器に対する激しい嫌悪と激しい執着も、少女時代の体験に根差していると言えるだろう。

草間氏はアメリカにわたると、数々の「ハプニング」を仕掛けます。公衆の場で突然男女が全裸になり、警官が駆けつけて解散する、そんなパフォーマンスが繰り広げられます。さらに、全裸の男女にボディ・ペインティングを施したり、ホモの男性やレズピアンの女性ばかりを集めて乱交をさせたりとやりたい放題です。

こうした草間氏のパフォーマンスの背景には、彼女の独特の思想があります。

・・・いまだにセックスは汚いもの、自由に楽しんではいけないものという、中世的な倫理がハバをきかせている。人間は窒息寸前の状態なのである。

飢えが犯罪や戦争につながるように、セックスの抑圧も、人間の本当の姿を押し曲げ、人間を戦争に駆りたてる遠因になっているというのが、私の見方である。そして、そういう禁欲で押しつぶされそうになっている人間を、救い上げようというのが私の願いなのであった。

草間氏の中では、フリーセックスこそが理想とされています。

フリーセックスは、もっとも人間的な行為であるセックスを通じて、他者を確認する、連帯感を形成するということなのだ。・・・フリーセックスは、人間的愛の確認、平等の確認なのだ。

 

かつての斬新な草間氏の模様は、『自己消滅 Self-Obliteration』を見るとよく伝わってきます。


Kusama's Self-Obliteration (Jud Yalkut, 1967)

 

 こうした斬新的な思想は、欧米の識者からは一定の評価が得られたものの、当然日本では受け入れられず、日本ではまるで国賊のように扱われたと草間氏は振り返っています。日本では、草間氏のハプニングは全く受け入れられませんでした。日本に一時帰国した草間氏は、銀座でハプニングをやろうとしますが、すぐさま警察に通報されて警察に連行されてしまいます。こうして日本に幻滅して草間氏は再び海外に戻っていくわけです。

今では日本を代表する芸術家ですが、今のように日本で受け入れられるまでは相当な時間がかかったわけです。ここまで過激なパフォーマンスだったので、当時の日本で受け入れられたなかったのは、まぁ仕方なかったかもしれません。

むしろ、こうした過激な過去を持つ草間氏が文化勲章まで受賞されていることが、画期的なことなのかもしれません。

 

それにしても、草間氏の尽きない創造性には心底感心してしまいます。草間氏はアートだけではく、小説も書かれていますし、ミュージカルや映画も手掛けていたようですが、すごいパワーです。こうした創造性を受容できるほど懐の深い都市は、世界広しといえどもニューヨークくらいしかなかったのでしょう。

 

大変充実した展覧会でした。