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多和田葉子「雪の練習生」

 

雪の練習生 (新潮文庫)

雪の練習生 (新潮文庫)

 

 ホッキョクグマを擬人化した極めてシュールな設定の作品です。3つの物語から構成されています。

 

「祖母の退化論」は、モスクワのサーカスで芸をするホッキョクグマが作家になる話。その後、西ベルリンに移り、カナダへ亡命し、そこで結ばれた夫とともに東ドイツへ移り住むことを決意する。。。

 

「死の接吻」は、主人公はサーカスの曲芸師である人間が主人公で、コンビを組むホッキョクグマのトスカは、前篇で東ドイツへ移住したホッキョクグマの子供です。ずっと人間が書き手となった一人称で書かれているのですが。いつの間にか、トスカ、すなわちホッキョクグマが書き手となっていることに気づきます。ここは少し分かりづらいのですが、私も後で解説を読んで気づきました。

 

そして最後の「北極を想う日」は、トスカの子供クヌートが、飼育係マティアスに対する愛情を述べている作品です。クヌートは生まれながらにして人間の飼育係に預けられたため、実の母親であるトスカとは会ったことがありません。

解説によれば、この「クヌート」というホッキョクグマは実在したようで、ベルリンの動物園で生まれたホッキョクグマだったとのこと。2011年に死んでしまったようです。

マティアスも、トーマス・デルフラインという飼育係がモデルとなっているようで、この方は2008年に44歳の若さで亡くなっているようです。

 

このように、3つの物語は、3代にわたるホッキョクグマの物語であるわけですが、ホッキョクグマが擬人化され、しかも冷戦下の世界を縦横無尽に行き来するという何とも不思議な世界観に包まれています。

しかも、小説の語り手と書き手との境界も緩く、「死の接吻」のように、ずっと語り手=書き手だと思っていたら、両者は異なっていたといった感じで、こうした設定もまた、独特の世界観の一部を成しています。

 

著者自身、日本とドイツの間を緩やかに行き来しているようですので、そうした著者の経験がこの小説の構図に浸透しているような気がします。

 

自分にとっては、小説に対する既成概念を覆すような体験でした。