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ロレイン・ゴードン「ジャズ・レディ・イン・ニューヨーク」

 ブルーノート・レコードを設立したアルフレッド・ライオンの元妻であり、その後ヴィレッジ・ヴァンガードを経営するマックス・ゴードンと結婚し、夫が亡くなった後はヴィレッジ・ヴァンガードの経営を引き継いだ著者ロレイン・ゴードンによる自伝です。

 ロレインはジャズ好きの少女であり、兄と共にジャズにのめり込みます。やがてニューヨークでアルフレッド・ライオンと出会います。アルフレッドは第二次大戦に兵士として駆り出され、その最中に2人は結婚を決めます。ロレインはアルフレッドのブルーノートの経営を支えます。そして、アイザック・エイブラムス・ケベックに次々とミュージシャンを紹介され、レコーディングを重ねていきます。アート・ブレイキータッド・ダメロンファッツ・ナヴァロマイルス・デイヴィスなどなど。

 中でもロレインは、セロニアス・モンクの売り込みに奔走します。モンクの自宅で初めてその演奏を聴き、次のような印象を持ったとのこと。

「モンクの選ぶ音は少々外れているようでしたが、彼は恐るべきハーモニー感覚や特異なリズム感、独自の音楽構成力で最後は辻褄を合わせてしまいますーすべてがどこまでも彼自身のもので、完璧でありながら規格外です。・・・でもセロニアス・モンクを私は理解しました。どんな時にも。モンクは新しい真実だった。」

 ロレインがモンクを売り込む中で出会ったのが、後の夫となるマックス・ゴードンでした。ちょうどアルフレッドとの結婚生活にうんざりしていたときで、ロレインはマックスと結婚し、子供ができます。

 マックスはヴィレッジ・ヴァンガードのオーナーでしたが、当初ヴィレッジ・ヴァンガードでは、詩の朗読なども行われていたとのこと。やがて演奏が出し物に加わり、ジャズが占めていくようになっていったようです。

 マックスはル・ディクレトワールやブルー・エンジェルといった店のオーナーにもなりますが、ル・ディクレトワールは高額過ぎて長続きしませんでした。ブルー・エンジェルに出演した人物の中にはウディ・アレンもいたとのこと。

 やがてロレインは、平和運動に傾倒するようになります。ワシントンをデモ行進し、やがては北ヴェトナムにも足を伸ばします(当時は違法入国だったそうです。)。しかし、北ヴェトナムから帰国すると平和運動に対する熱は冷め、再び元の世界に戻っていくことになります。

 その後ロレインは、ポスター・オリジナルズの店を開きます。その一方で、ブルー・エンジェルは立ち行かなくなります。

 さらにロレインは、若き日のアイドルだったトランペッターのジャボ・スミスを見つけ出し、そのプロモーションに奔走します。亡くなったと思っていたジャボが生きていることが分かり、あちこち連れ回して演奏をさせたのです。

 やがてマックス・ゴードンが亡くなると、ロレインはヴィレッジ・ヴァンガードの経営を引き継ぎ、今日に至るわけです。

 本書では、ヴィレッジ・ヴァンガードに出演したミュージシャンの名前が列挙されていますが、ジャズの巨匠のほとんどが名前を連ねているといっても過言ではありません。その名前を見ているだけでうっとりした気分になってしまうくらいです。

 キューバのピアニストのチューチョ・ヴァルデスを見出したことも、かなりのページを割いて紹介されています。ロレインの自慢のブッキングの一つだったそうです。その他、フランスのマーシャル・ソラールの演奏日がちょうど9・11にぶつかってしまい聴衆が入らなかったこと、末期癌の女性ギタリストのメアリー・オズボーンが亡くなる前の年に出演したことなどのエピソードも興味深いものです。

 他方、キッシンジャーが客として来て、握手を求めて手を差し出してきたとき、ロレインは手を後ろに引いてその場を立ち去ったとのこと。平和運動に参加していたロレインはキッシンジャーが内心許せなかったのでしょう。

 また、モンクが出演する際にやってきたパノニカ・デ・ケーニングスウォーターについて、あまり良く思っていなかった様子も、ロレインの文章から暗に伝わってきます。モンクには妻がいたのにもかかわらず、モンクは結局パノニカの家で亡くなることになったエピソードが、批判的に紹介されています。

 本書を通じて、ロレインのジャズを愛する気持ちがじんじんと伝わってきます。次の文章にその思いが詰まっています。

「しかし今この時、ジャズはとても強力です。その通り、レコードはポップ・ミュージックや他のジャンルのようには決して売れたりしません。もちろん売れてほしいですが、しかしそれはジャズの役割ではありません。私は、人々が今聴いているゴミのような音楽より、ジャズにもっと耳を傾けてほしいと思います。でもそうはならないでしょう。それでいいのです。強く、献身的で、比較的ものをよく知り、新しいサウンドと新た強い演奏家を受け入れる聴き手がジャズには居ればいいのです。」

 ジャズの世界のいわば裏方の目から見た貴重なジャズ史とも言うべき大変興味深い本でした。