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瀬戸内国際芸術祭2010〜直島へ

 四国に来てどうしても行ってみたいところがありました。それは、ベネッセ・コーポレーションが総力を挙げて美術館を中心とする観光スポットを構築した直島です。中でも「地中美術館」は、人口3400人の島において年間34万人の集客を誇る一大観光スポットです。ちょうど瀬戸内国際芸術祭2010が始まったばかりで、数々の現代アートが出展されていることもあり、直島へ足を運んでみました。

 直島は高松から高速船で25分の距離にあります。高速船は島の西岸の宮浦に着き、そこからバスで数分で地中美術館に到着です。午前中に着きましたが、既に入場制限が行われていました。

地中美術館李禹煥(リー・ウーファン)美術館など

 地中美術館の展示内容は極めてシンプルで、安藤忠雄が設計した地中にすっぽりとはまっている建物の中に、クロード・モネジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの3人の作品が展示されています。

 美術館に入るとまず、コンクリートむき出しの壁と青空に囲まれた通路を進んでいきますが、このコンクリートと真っ青な空のコントラストが非常に鮮やかです。
 まず訪れたのはクロード・モネの「睡蓮」が展示されている部屋です。薄暗い空間の奥に、白い壁に囲まれた明るい部屋がパッと広がりますが、このギャップにまず衝撃を受けます。この部屋の白い壁には、「草の茂み」などいくつかのモネの「睡蓮」が展示されています。モネがなぜここまで睡蓮に執着して筆を執り続けたのか容易に理解することはできませんが、とにかくモネの絵が展示されているこの空間が何とも言えない心地よい空間に仕上がっているのです。

 次に訪れたのは、ジェームズ・タレルの作品が展示されているスペースです。中でも最も手の込んでいる作品は「オープン・フィールド」です。この作品は少人数単位で鑑賞するので、しばらく「オープン・スカイ」の部屋で並んで待たされました。天井部にぽっかりと開いた開口部から澄み切った青空が眺められます。そして、ようやく「オープン・フィールド」の順番が回ってきます。祭壇のような階段をゆっくり上っていくと光に包まれた開口部があり、その中に進んでいくことができます。その中におそるおそる足を踏み入れていくわけですが、ふと振り返ると、入り口の開口部が塞がれてしまった錯覚に陥ります。そして、前にも進めず後ろにも戻れないという絶望感の中で、その場に立ちすくむことになります。ちょっとした光の変化を活用したよくできた演出です。

 最後に訪れたのはウォルター・デ・マリアの部屋です。これは、ギリシアの神殿の祭壇のような階段の踊り場に、大きな黒い球体が置かれている作品です。この球体の上方の天井は外光が採り入れられるようになっていますが、採光部からの光と球体が織りなすコラボレーションがアートになっています。それにしても、この黒い球体はいつ階段から転がり落ちてきてもおかしくないほど真ん丸です。そうしたある種の恐怖感がこの空間に独特の緊張した空気を創り出しています。

 一連の作品を見終わると、地中カフェに行ってみました。瀬戸内海に向かって大きな窓ガラスが設置され、壮大な光景を鑑賞できるような作りになっています。すいていればゆったりとした時間が流れそうなカフェです。

 この地中美術館は、非日常空間を生み出すことに見事成功しているように感じました。直島という寂れた漁村の中に突如として出現した現代アートの空間というギャップこそが、非日常性の源泉となっているように思います。かといって、直島の漁村と地中美術館はまったく切り離された空間ではなく、澄み切った青空や蝉などの虫の鳴き声等を通じて、つながりを保っています。そういう意味で、徹底して隔絶された非日常空間を生み出しているディズニーランドとは少し違った形の非日常空間を実現していると言えるかもしれません。


 地中美術館を後にして、次に李禹煥(リー・ウーファン)美術館に行きました。これも極めて小さな美術館で、今年6月にオープンしたばかりの新しい美術館です。
 作品自体は極めてシンプルな描写のものばかりで、その良さを説明することは私の能力を超えているのですが、ただ作品が展示されている空間がとても落ち着く心地よい空間となっているところが特徴でしょう。ここも地中美術館と同様に、非日常性を具現化している空間です。

家プロジェクト

 その後、これも現代アートを展示するベネッセハウスミュージアム等を経て、次に向かったのは直島の東岸に位置する本村地区です。ここでは、集落の中のいくつかの家屋を活用した現代アートの展示が行われています。
 例えば、「はいしゃ」という作品では家の中に2階の高さの自由の女神がそびえていたり、「角屋」という作品では家の中に池があり、池の底で数多くの数字がまちまちのスピードで点滅したりしています。「護王神社」では狭い横穴の奥に階段のアートが展示されていたりします。

 こうした現代アートが施されている家屋は、集落全体の中のほんのわずかなのですが、これらの家屋を回っているうちに、不思議と集落全体が現代アートのような錯覚に陥ってくるのです。これといって特徴のない寂れた集落が現代アートによってここまで息を吹き返すことができるのは衝撃的です。

雑感

 先に回った美術館でもそうですが、現代アートは日常空間を打ち破る力を持っているように思いました。おそらく直島を訪れる人の中で現代アートをきちっと理解していると言える人はほとんどいないと思いますが、現代アートの生み出す非日常性を感じることができるのだと思います。だから、現代アートがこれほど多くの人々を惹き付ける力を持っているのでしょう。

 日本の街並みは世界の街並みに比べて雑然として統一的なコンセプトが見出しにくいわけですが、だからこそ逆に現代アートとは親和的なのかもしれません。直島の漁村も例に漏れず統一的なコンセプトは見出しにくい街並みですが、現代アートとは見事にマッチしていました。

 これからの地域の観光戦略の一つの鍵は現代アートでしょう。世界的に見ればスペインのビルバオグッゲンハイム美術館、日本でも金沢21世紀美術館十和田市現代美術館など、現代アートが観光客を惹き付けている例は既に数多く見られます。

 瀬戸内国際芸術祭2010はそんな現代アートの魅力を存分に活用している好例だと思います。風光明媚な瀬戸内海の魅力が現代アートによって見事に高められています。

 また機会があれば、他の島々も訪れてみたいと思います。