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浅田次郎「ブラック オア ホワイト」

 

ブラック オア ホワイト (新潮文庫)

ブラック オア ホワイト (新潮文庫)

 

最近文庫化されたのを契機に読んでみたのですが、これが大変面白い!個人的にかなりツボにはまりました。

主人公が久しぶりに再会した旧友都築の自宅に招かれ、彼の商社時代の体験談と「夢」について聞かされるという設定で、その地域ごとの歴史に根差したシチュエーションが夢の中に現れ、都築が巻き込まれます。そして、夢は単に夢で終わるのではなく、現実に反映されており、夢と現実の境界線が揺らぐところが大変よくできています。

 

都築の祖父は旧満鉄理事から商社に招かれ、父親も祖父の元部下であった縁で、都築は同じ商社マンとしての道を選択することとなった。

彼が商社マンとして活躍したのはバブルの時代。都築はスイス、パラオ、ジャイプール、北京、京都での体験を振り返る。

滞在先ホテルで、都築は枕白い枕と黒い枕を出される。白い枕で寝るときはいい夢を見るが、黒い枕で寝るときは決まって後味の悪い夢を見るとともに、その後、現実においても良くない結果が起こったのだった。

 

スイスでは、まず白い枕で、ニューヨークの街を追いかけられ、恋人と一緒に逃げ切る夢を見るが、黒い枕では恋人と喧嘩する夢を見る。そして、現実には、仕事の失敗でロンドンから日本に戻される。

パラオでは、白い枕で恋人と楽しいひと時を過ごした後、黒い枕では、太平洋戦争下で玉砕する夢を見る。

インドのジャイプールでは、黒い枕で、夫の死に当たって火に身を投げようとする女を救い、そして、白魔術と黒魔術が闘う場面の夢を見る。現実には、ODA絡みの仕事の業績を同期に横取りされてしまう。

その後都築は中国の仕事を任される。白い枕では、路地で少女から枕を買い、その少女が大きくなって都築の恋人となって、一緒に豪華な食事をとる夢を見る。他方、その後、部下の中国人スタッフが現地の社長になった夢を見る。現実には、そのスタッフが中国のスパイであることが発覚し、都築自身もスパイ扱いで本社に戻される。

京都では、商談のキーマンである著名なアメリカ人ドクター夫妻をもてなすのだが、侍の生き残りとしてドクターの妻を助ける夢を見る。しかし、ドクターの妻はその後心臓発作で亡くなる。都築はそれがドクターによる謀略であることを知っており、その後まもなく会社を辞めた。。。

 

夢と現実を巧妙にシンクロさせて、その境界を曖昧に描く作者の手法に脱帽します。そして、小説の舞台はグローバルにまたがり、その土地の史実と密接に結び付けながら描く手法はとても洗練されており、実際にバブルの時期に世界を旅している心境を味わえます。

 

そして、元満鉄理事だったという祖父の存在がとてもうまく生かされています。祖父は満鉄から商社に天下ったわけですが、商社の大陸の利権こそが、戦争を引き起こしたという史観がこの小説の根底に流れています。

「大陸への進出は軍部の独走ではなく、財閥の利権を護るためだったと聞いたことがある。・・・それが歴史の真相だとすると、辻褄が合うじゃないか。元大本営参謀が総合商社を率いて活躍したことも、元満鉄理事がうちの会社の役員に迎えられたことも。」

 

久しぶりに印象的な小説に出会いました。