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アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」

 

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

アガサ・クリスティのあまりにも有名なミステリーですが、久々に読み返してみました。原題は『十人の小さな黒ん坊』(“Ten Little Niggers”)だったのが、蔑視的なタイトルということで“And Then There Were None”になったとのこと。

 

オーエン氏なる人物が買い取ったとされるインディアン島に、様々な経歴を持つ10人の人々がやってくる。10人の中には、元判事、元教師、元警察官、元軍人、医者など含まれていた。

10人は富豪の島ということで期待してこの島にやってきたのだが、肝心のオーエン氏の姿がないことに戸惑う。

邸宅の暖炉の前にはある古い子守唄がかかっていた。それは、10人のインディアンの少年が食事に出かけたが、食事をのどに詰まらせたりして、一人ずつ減っていくという内容だった。

そして、食事が終わったとき、ある声が響き渡った。それは、10人のそれぞれの殺人罪の罪状を読み上げるものだった。それらは決して法律上の罪ではなく、法律では裁けない類の殺人だった。

 

そこから、次々と人が死んでいく。それが誰かの手による殺人であることが次第にはっきりとしていく。この島には10人以外には誰もおらず、この10人の中に殺人犯が含まれていることは明白だった。しかも、命の落とし方は、10人のインディアンの少年の子守唄と同じような形で進んでいき、誰かが愉快犯的に企てていることをうかがわせた。

 

やがて残されたのは、元大尉の男、元警部の男、元教師の女の3人のみに。最初に元警部の男が大理石で頭をつぶされ、元教師の女がピストルで元大尉の男を射殺し、 女は自ら首をくくる。

こうしてインディアン島で10人全員が死亡している状態で発見されたのだった。警察は誰が犯人か悩みあぐねた。

そして、最後に、犯人の告白が。。。

 

それにしても、見事な構成のミステリーです。最後の最後まで誰が犯人か全く想像がつかないのですが、最後の告白ですっきりと判明します。

10人がそれぞれ法律上の罪が問われない類の殺人に関与しているという設定が、大変説得力があります。これほど大掛かりで愉快犯的な大量殺人を企てるにはそれなりの犯行動機が必要ですが、十分すぎるほどの犯行動機です。

インディアンの子守唄に沿って殺人が進められていくという設定も、大変よくできています。

 

さすが、長期に亘って語り継がれるほどの作品だけあります。