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映画、書評、ジャズなど

アナト・アドマティ+マルティン・ヘルビッヒ「銀行は裸の王様である」

経済

銀行は裸の王様である

銀行は裸の王様である

 欧米ではかなり話題になっている書のようですが、日本ではそれほど話題になっていないように見受けられます。おそらく、金融危機で散々な目に合った欧米と、深刻な打撃は受けなかった日本との温度差の表れと言えるかもしれません。

 本書は一見すると大変分厚く、取っつきにくそうな本ですが、実はページの3分の1は注釈等であり、しかも本書のメッセージはただ一つ、しかも極めてシンプルなものとなっています。そのメッセージとは、銀行の自己資本を厚くすべき、というものです。

 その主張の根拠も極めてシンプルです。例として挙げられているのは、30万ドルの住宅を購入する際に、(1)3万ドルの手付け金を払って27万ドルの住宅ローンを組むケースと、(2)6万ドルの手付け金を払って24万ドルの住宅ローンを組むケースの比較です。(1)の方がレバレッジが効いている事例です。

 仮に家の価格が15%減少して25万5000ドルになったとすると、(1)の場合は、家の価格が返済すべき住宅ローンの価格を下回る「アンダーウォーター(担保割れ)」となりますが、(2)の場合は、住宅を売却してもまだ手元に1万5000ドル残ることになります。

「要するに、借り入れが増えるほどレバレッジ効果は高まり、借り手の自己資本はより大きなリスクにさらされる。借り手の借り入れへの依存度が高いほど、自己資本がゼロになる可能性は高い。」(P30)

 つまり、借り入れが多ければレバレッジが高まり、リスクを拡大するというわけです。このことは、住宅ローンのケースだけでなく、企業、さらには金融機関にも当てはまります。かつての銀行では自己資本比率は40〜50%というのが当たり前だったのが、その後一貫して借り入れと比較して自己資本への依存度が低下してきており、1990年代初頭になるとアメリカでは6〜8%と一桁台に低下したことが本書では指摘されています。

 このように借金に依存すると、投資がうまくいったときはレバレッジ効果によってリターンも大きくなりますが、逆に失敗したときも負の効果が大きくなり、デフォルトになる可能性が高まるというのが本書の主張です。

「銀行の損失によって大規模な資産売却、大幅な価格下落圧力、そして資産価格の下落が起こるのは、銀行の自己資本比率が低い場合であるのがわかる。銀行の自己資本がそもそも充実していれば、レバレッジ解消の動きはそれほど激しくならず、システムを不安定化させる可能性は低い。」

 こうした観点から、本書は、2007年から09年にかけての金融危機が広範囲に影響を及ぼした背景として、3つの要因を挙げています。1つめは、価値の暴落した住宅ローン関連証券を世界中の金融機関が保有していたこと、2つめは、住宅ローン関連証券を保有していた金融機関の自己資本比率がもともと極めて低かったため、支払能力の問題がすぐに発生し、互いに資金を貸し借りし合っていた金融機関のデフォルトのドミノが何段階にわたって発生したこと、3つめは、銀行の借り入れの大部分は他の金融機関、特にMMFからの短期借入のかたちをとっており、こうした短期の貸し手がベアー・スターンズリーマン・ブラザーズの支払能力に不安を抱いて、融資の借り換えに応じなかったこと。つまり、銀行の自己資本が厚ければ、こうした大規模な損失の拡散は防げたというわけです。

 こうして本書は、銀行の自己資本規制の強化の必要性を訴えます。バーゼル3でも銀行の総資産に対する自己資本比率は3%という低い比率が認められていることを、本書は厳しく批判しています。そして、要求される自己資本の多くは、総資産に対してではなく、リスクアセットによって決まることについても、不十分と批判します。

「銀行に総資産に対して20〜30%の自己資本を持つよう義務づけることで、金融システムの安全性と健全性は大幅に高まる。」(P242)

 これが著者たちの主張の核心です。
 
 近年、会社経営においてROEを重視する傾向にありますが、本書はROEを経営指標とすることについては、批判的です。他方、自己資本比率を高めるとROEが低下するという主張についても、そうなるのは資産から生じるリターンが借入の利率を上回ったときだけで、それ以外の状況では、自己資本の割合が高いほどROEも高くなるとし、そうした主張は誤りと断言します。


 本書の主張は極めて明確であり、要は極めて当たり前のことを繰り返し述べているという面もあります、自己資本が厚くなればより金融システムが安定化する方向に働くことは、誰しもが認めることでしょう。問題は、どれくらいの自己資本比率が適正かという水準の問題であり、単純に高ければ高いほど良いという問題ではないことも、誰しもが認めることでしょう。適正な水準というのは、国や金融機関ごとに事情も異なるでしょうから、本書のいう20〜30%が良いのかどうかについては、何とも言えないという気がします。

 いずれにしても、金融機関の安全性を考える上で、本書は分かりやすく参考になるものでした。