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マーティン・ウルフ「シフト&ショック」

シフト&ショック──次なる金融危機をいかに防ぐか

シフト&ショック──次なる金融危機をいかに防ぐか

FTの論説主幹が金融危機を分析した本です。決してスラスラと読める本ではありませんが、最近の様々な分析を押さえて書かれており、近年の議論をフォローするには適当な本となっています。金融システムの安定性に絶対的な信頼を置いてきた経済学を鋭く批判するとともに、ユーロに対して極めて懐疑的な見方をしているのが印象的です。

本書では、ユーロ圏危機発生のメカニズムが明快に述べられています。世界的な金余り状況の中、ドイツの民間資金が大量に国境を越えてイタリアやスペインの銀行に流れ込み、住宅バブルによる過剰な債務が生み出された。ところが、こうした民間資金の流れが急に停止する「サドンストップ」が起こると、たちまち資金が逆流し、それまで海外から多額の借入をしていた国は窮状に陥ることになる。これが本書では説明されるユーロ圏危機のメカニズムです。こうした見方に立ち、著者は債権国であるドイツの責任を鋭く指摘しています。

「ドイツは危機当事国が窮状に陥った原因は放漫財政以外のなにものでもないとしている。だが、それが自己弁護だった。ドイツはユーロ圏最大の余剰資本の供給国であり、ドイツの民間部門には、膨大な過剰資金を生み出して危機を招いた大きな責任がある。」(P120)

つまり、ドイツは自国の責任を棚に上げ、危機当事国に対して財政緊縮という誤った処方箋を押し付けているというのが、著者の見方です。

こうした状況の中、著者は緊縮財政には反対の立場を取ります。2010年G20サミットで景気回復のための財政支援を止める決定がなされたことが、経済の回復の妨げになったと著者は指摘します。

そして、今回の危機で明らかとなった金融システムの脆弱性を解消するため、銀行の自己資本の増強やマクロプルーデンス規制の重要性を説いています。

さらに著者は、ユーロ圏の通貨統合について、お互いをよく知らないまま焦って深く考えずに結婚してしまった一夫多妻制の夫婦にたとえて厳しく批判します。新郎は義務感から結婚してしまったが、ハネムーンに出かけてみると、妻たちは結婚前よりもずっと低い金利でお金を借りられるのをいいことに、ショッピングを楽しみ、債務を積み上げていきます。ところが、危機が起こり、新郎は妻たちに貧しい生活を強いたため、妻たちは不満を持つようになってしまう。これはそもそも結婚自体が間違っていたということに他なりません。ユーロ通貨の導入によって、イタリアやスペインもドイツとさほど変わらないような低い金利国債を発行して借金することが可能になったわけですが、今振り返ると、そうした状況が明らかにおかしいわけです。大変分かりやすいたとえです。


このような本書の主張は、さほどめずらしいわけではなく、先日読んだポール・クルーグマンの主張とも大変近いように思います。時間をかけて読了する価値がどこまであるかは良くわかりませんが、著者の問題意識はわかりやすく、最近の金融危機の分析の潮流をを抑えるためには、有用な本であるように思います。