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島田太郎・尾原和啓「スケールフリーネットワーク」

 

スケールフリーネットワーク ものづくり日本だからできるDX

スケールフリーネットワーク ものづくり日本だからできるDX

 

 

DX時代における日本企業のデータ活用戦略について、著者(島田氏)の所属する東芝の取組を中心に紹介されている本です。

本書のタイトルとなっている「スケールフリーネットワーク」とは、20年前にバラバシ教授が提唱した概念で、ウェブページとリンクを読み込んでいくと、大部分のノードが少数のリンクしか持たない一方で、ごく一部のノードに膨大なリンクが集中する現象を指しているものです。つまり、そこには一部のハブが存在し、それが強大な力を持つというわけです。

こうしたインターネット上のネットワークを生かしたビジネスモデルの典型はGAFAであるわけですが、近年、ドイツでは、産業の世界でこうした「スケールフリーネットワーク」の構築を目指しています。著者の島田氏はかつてシーメンスに在籍されており、そこでは多くの社員が「インターネットで起きたことを、次は産業の世界で起こす」と言っていたそうです。

ドイツが目指すインダストリー4.0の本質について、著者は「管理シェル」を挙げています。これは、「生産システムに関わる「すべてのモノ」をインダストリー4.0の世界につなぐためのインターフェースになる標準化されたデータ形式」です。その仕様はオープン化されていて、誰でも自由に作ることができるのがポイントです。つまり、ドイツでは、誰もが使いたくなる魅力的な管理シェルを無償で公開し世界中にばらまかれ、これを世界中の工場が採用すれば、自然と産業のスケールフリーネットワークができあがるということになるわけです。

 

著者は、こうしたスケールフリーネットワークを作る方法は3つあると指摘します。1つ目は、米国式で巨額の資金を使ってやるやり方、2つ目は欧州で見られるデジュールスタンダード型で、ドイツのインダストリー4.0はこれに当たります。そして3つ目は「アセットオープン化」で、日本はこれを採用すべきと著者は指摘します。つまり、「自社製品の一部アセットを先に開放し、あるいは仕様を公開して、誰でも接続可能にすること」やり方です。著者は、これこそ多大なコストも時間もかけずにスケールフリーネットワークを作れる強力な手段だと述べています。

 

著者の所属する東芝では、現にこの考え方に基づき、POSレジをつなぐ電子レシートネットワークである「スマートレシート」や、誰でも簡単に使えるIoTプラットフォームである「ifLink(イフリンク)」というサービスを開始しています。

 

こうした取組を通じて、サイバー上のネットワークとフィジカルなモノが相互につながる巨大なスケールフリーネットワークを構築すれば、多くのものづくりが残された日本には大きなチャンスが到来するのではないか、というのが著者の主張です。

 

そして、こうしたスケールフリーネットワークは、先行者がハブになりやすく、いち早くリスクをとってアセットオープン化すれば、それだけ大きな利益を受けやすいと著者は述べます。みんなのためになることをすれば自分のためにもなる、誰もがつながるようなオープンなネットワークを作れば、必ずや自社にも大きなメリットが返ってくる、という発想がそこにはあります。

 

 

 

以上が本書をまとめた概要になります。

本書を読めば、誰もが使えるオープンなデータ連携基盤の構築を目指している東芝のコンセプトが大変よく理解できます。こうした取組によって、企業の壁を越えたデータ連携が図られれば、顧客にとっては大変便利になることは言うまでもありません。こうしたデータ連携基盤を多くの他社が利用することで、中小企業を含む多くの企業がデータを収集することが可能となります。

他方、こうしたデータ連携基盤というインフラを整備することが、東芝にとってどのような利益につながるかという点は、曖昧なままであることも事実です。おそらく、東芝としては、そうした利益はいずれ返ってくるだろうという見込み程度でよいのかもしれませんし、そういう戦略なのでしょう。本書からは、東芝がどのような勝てるビジネス戦略を描いているのか、はっきりとは浮かび上がってこないのも事実です。

 

こうした産業データの利活用を考える際に、一番よくわからなくなるのが、結局、こうしたデータを誰がどのように利用することで収益をあげられるビジネスになるのか?という点です。GAFAのように、膨大なデータを小売りや広告に利用するのは大変わかりやすいのですが、産業データについては、そう簡単ではありません。

 

著者の一人である尾原氏は、データを集めたら勝ちという時代は一回戦であり、二回戦はデータをユーザー体験に投資していく戦いだと指摘しています。

「ユーザーがやりたいことができるようになる、やりたいことの先を提供してくれるようになる、だからユーザーはプラットフォーム上で行動して自然とデータがたまっていく。UX(ユーザー体験)があるからデータがたまり、データがあるからUXがさらに良くなる戦い、それが二回戦です。」

と尾原氏は述べています。

これは、GAFAのようなビジネスモデルだと分かりやすい一方、産業データにおいてこうした二回戦をどう戦っていくかは、おそらく誰もイメージを描けていないのではないかと思います。

 

とはいえ、本書は、日本のものづくりの強みを生かしたデータ戦略を考える上で、大変貴重な示唆を与えてくれるものでした。