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テリー・ヘイズ「ピルグリム」

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち (ハヤカワ文庫 NV ヘ)

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち (ハヤカワ文庫 NV ヘ)

ピルグリム〔2〕ダーク・ウィンター (ハヤカワ文庫NV)

ピルグリム〔2〕ダーク・ウィンター (ハヤカワ文庫NV)

ピルグリム〔3〕 遠くの敵 (ハヤカワ文庫NV)

ピルグリム〔3〕 遠くの敵 (ハヤカワ文庫NV)

 年末から年初にかけて読了したスパイ小説です。流れるようなリズムで進んでいく心地よい小説で、あっという間に読み終えてしまいました。年初から良い本に巡り会えました。

 主人公のわたしは、アメリカの諜報機関に所属していた優秀な諜報員で、ロンドンで<青の騎手>として活躍していた。わたしは裏切り行為を行った前任の<青の騎手>を赤の広場で射殺していた。

 その後、諜報界から一旦身を引いたものの、パリにいたわたしのところに、一人の警察官ブラッドリーが訪ねてきた。彼は9・11車いすの障害者を勇敢に救い怪我を負った正義感溢れる警察官だった。わたしが偽名で書いた本を読み、その正体を突き止めて訪ねてきたのだった。9・11の後に近くのホテルで一人の女性が殺害された事件の解決を依頼するためだった。殺人犯は女性と推測され、浴槽には硫酸によって身元が判別できなくなった遺体があった。その手口はわたしが書いた本に着想を得ていたのだった。

 そんなとき、ある一人の人物のテロ計画が発覚する。アメリカ政府が全世界に張り巡らせているエシュロンによって、一人のテロリストが天然痘によるテロを計画していることがアメリカ政府の把握するところとなったのだった。
 そのテロリスト人物の名は<サラセン>。サウジアラビア出身で、幼少の頃、父親公開処刑され、サウジアラビアの王制に対する強い反抗意識が植え付けられていた。その王制に対する恨みは遠くの敵であるアメリカに向かった。アフガニスタンで<サラセン>は医学を勉強して、天然痘の細菌の免疫を自らに植え付け、強力な菌を作り上げた。それをドイツの製薬工場からアメリカに向けて大量に発送することで、アメリカ中に天然痘を蔓延させるというテロ計画だった。

 <サラセン>の電話はトルコのボドルムという街に当てたものだった。アメリカ大統領から直々に依頼を受けたわたしは、ボドルムに飛んだ。連絡役にしたのはブラッドリーだった。表向きの理由は、トルコの別荘で起こったアメリカ人富豪ダッジの殺人事件の捜査だった。FBI捜査官としてトルコに渡ったわたしは、この事件を担当するジュマリという女性警官と会う。トルコ警察はこの件を既に自殺として扱っていたが、わたしはそれが殺人であることを暴いていき、トルコでの滞在を引き延ばしていた。そして、<サラセン>からの電話を公衆電話で受けたのがジュマリであったことを突き止める。ジュマリは<サラセン>と兄弟だったのだ。ダッジの死も遺産相続が絡んだ殺人であることが明らかになっていく。ダッジと結婚したばかりのキャメロンが、その同性の恋人レイチェルと謀って実行したものだったのだ。そしてレイチェルこそが、9・11の直後に起こった殺人事件の実行犯で、女性を殺害してその女性になりすましていたのだった。

 テロ決行までに残された時間は少なかったが、わたしはいかなるやり方でテロ計画が進められているか突き止めるに至っていなかった。そこで、<サラセン>を呼び寄せる計画を企てた。わたしが<サラセン>のテロ捜査で派遣されたCIA捜査官であることをあえてジュマリに知らせることで、<サラセン>を呼び込もうとしたのだった。そして、ジュマリが預かっている<サラセン>の息子の命を脅かすことで、<サラセン>に計画を白状させようというものだった。

 ジュマリにおびき寄せられるままに古代遺跡が残る場所に連れて行かれる。そこで待ち受けていたのは<サラセン>だった。実はわたしはブラッドリーに、<サラセン>の息子を人質に取らせていた。わたしは<サラセン>から激しい拷問を受けたが、息子が人質に取られていることを知った<サラセン>は計画を白状し始めた。ドイツの製薬工場から天然痘が入ったワクチンがアメリカに向け既に発送されたことも白状し、わたしはそれを直ちにアメリカ大統領に伝える。テロは未然に防がれ、<サラセン>は自らの命を絶った。。。


 一言で、とてもよくできたスパイ小説です。9・11以後の世界情勢の中で企てられたという設定がとても説得力があります。そして、9・11直後の殺人事件と、サウジで父親を処刑された男のテロ計画が、トルコのボドルムという地でピタッとつながるところは見事としか言いようがありません。

 わたしがかつて養父と一緒に見た1枚の写真が物語の中で効果的に使われています。それはガス室に向かって歩いていく母親と子供たちが写っている写真です。ダッジの別荘がユダヤ虐殺に関係したドイツ人を世界に向けて逃亡させるための拠点として使われた“待合室”だったというのも、なかなかスリリングな設定です。

 作者のテリー・ヘイズはジャーナリストとして活動した後、映画界で数々の脚本を書き、本書が小説の処女作となるようです。訳者の解説によれば、この『ピルグリム』は三部作の第一部とのことで、この後の続編も企図されているようですので、その刊行も楽しみです。

 年明け早々、全世界を舞台にした最高のスパイ小説に出会いました。