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キース・ロバーツ「パヴァーヌ」

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

 英国のエリザベス1世が暗殺され、英国が長年ローマ法王の支配下に置かれ、科学技術も弾圧されていたという設定で描かれた物語です。この世界では、石炭を燃料としレールを使わない蒸気機関車が発達し、通信手段も腕木を操作して望遠鏡で読み取り暗号を伝達する信号塔が張り巡らされています。この信号塔を支配するのはギルド制で守られた集団です。

 貨物機関車の会社の跡取りのジェシーが運転する機関車にはマーガレットという名が付けられているが、これはジェシーが憧れていた居酒屋店主の名から取られたものだった。そして次章では信号塔のギルド集団に憧れて信号手になる少年の話へと続く。次の章では、海岸に現れる密輸船に乗り込む少女の話。そして、ジョンという修道士が尋問に従事させられるという話へ。
 さらに、ジェシーの姪マーガレットが領主の息子ロバートに誘拐されるという話へと続き、ロバートの一人娘で城主を務めるエラナーが国王によって城を追われる。。。


 この小説は文庫の帯にもあるとおり「「改変世界」小説の傑作」という触れ込みで知られているSFです。確かに、冒頭のエリザベス1世の暗殺に始まる小説で、舞台となる世界の設定も、ローマ法王によって科学技術の発達が阻害されているというものなのですが、この触れ込みから本書を手に取ると、この小説の売りはそこにあるのだろうか??という疑問もふと湧いてきます。歴史のifというほど、想像力が駆使されているかというと、いまいちピンとこないのが率直なところです。

 むしろこの小説の売りは、近代技術が普及する以前の姿を浮かび上がらせている点にあるように思います。本書解説によれば、この小説で登場するレールを使わない蒸気車というのは19世紀半ばのイギリスで広く使われていたようです。また、同じく本書に登場する信号塔も電信が普及する前に実際に使われていたようであり、18世紀の終わり、地中海から大西洋まで情報を送るのにわずか3分しかかからなかったそうです。こうした事実というのは案外知られていないわけですが、この小説の中ではそうした世界が生き生きと描かれています。そこに、この小説の魅力があるのではないかと思います。

 また、小説の構成としても、一見関連なさそうな章が並んでいるものの、実はうっすらとつながっているというのも面白い点です。

 この本はおそらく読み返すとさらに面白さが実感できる類の小説ではないかと思いました。

 ちなみに、Wikiによれば、この小説のタイトルとなっている「パヴァーヌ」とは、ヨーロッパの行列舞踏のことだそうで、エリザベス1世が偏愛したものだそうです。この小説の中でも、エラナーが大砲を発射したときの心境について、パヴァーヌを引用して説明しています。

「ちょうど何か……ダンスみたいなものよ、メヌエットかそれとも、パヴァーヌみたいな。何か荘厳で意味のない、すべてのステップが決められているもの。始めがあって、終わりがある……」