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映画、書評、ジャズなど

ホーチミン訪問記

旅行記

 ベトナムの経済の中心地ホーチミンを訪問する機会を得ました。ホーチミンには3年前に一度訪れました。そのときはリーマンショック後の世界的な金融危機の真っ直中でしたが、当時はベトナムで加工して輸出する企業が大きな打撃を受けていた時期でしたが、今回、金融危機が一段落している中で、ホーチミンがどのような変化を遂げているのか、大変興味深く訪問しました。

貧困から抜けきれない人々・・・

 ホーチミン市内では相変わらず、大勢の若者たちがバイクを乗り回していました。ベトナムの人口構成を見てみると40歳未満が8割を占めており、圧倒的な若者社会です。街でも年寄りを見かける機会はそれほど多くありません。その若者たちの多くがバイクを持っていて、日々乗り回しているわけですから、街中がバイクだらけになるのは無理もありません。

 しかし、考えてみれば、なぜベトナムの若者たちがバイクを乗り回せるだけの経済的余裕があるのか?という疑問が湧いてきます。今回現地で案内してくれたガイドさんによれば、ベトナム人のワーカーの月収はせいぜい1万円から1万2千円くらいで、事務職でも2万円程度だそうです。これに対して、バイクの価格は、安い中国製で3〜4万円程度のようですので、バイクを買うだけならまぁ何とかなりそうなものですが、ガソリン代については1リットル90円くらいするそうなので、これはベトナムの賃金水準に照らせば結構な値段です。さらにベトナムの若者たちの多くは携帯電話を所持しています。携帯電話については、本体自体は数千円で購入でき、月々の電話代も500円くらいだそうなので、まぁこれも何とかなりそうな範囲です。いずれにしても、これらに家賃や食事その他の生活費を合わせると月々の生活費はだいたい3万円くらいかかるようです。したがって、生活を成り立たせるためには夫婦共稼ぎすることが必要となってくるようです。ベトナム女性が家庭で料理をするよりも屋台などで買って食べるのも、こうした背景があるようです。共稼ぎをすることによってやっとぎりぎりの生活が成り立つわけです。
 こうした経済事情を考えれば、若者たちが経済的余裕を切りつめてまでもバイクで街を走り回ろうとする心境が分かるような気がします。日々の生活に追われる人々にとってバイクで走り回ることは唯一といってよいほどの楽しみなのです。
 ベトナムには、安くて質の高い労働力を求めて多くの外資企業が進出してきました。多くの日本の製造業も進出をしてきています。原材料全部を海外からベトナムに持ち込んで、ベトナムの人々に安い賃金で加工してもらい、出来上がった製品を再びベトナムから外に輸出するというのが一般的な輸出加工型企業のパターンです。ベトナムではいまだに鉄すら国内で供給できる体制になっていませんので、素材から部品に至るまで全ての物を海外から輸入しなければ何も作れないのです。だから、ベトナムの人たちは安い労働力だけを外資によって利用される形になってしまっているわけです。
 こうした形態を続けていく中でベトナムの人たちが経済的に豊かになっていけばよいのですが、現時点についていえば、そうなっているようには見受けられません。ベトナムの労働者たちはいまだに安い給料に甘んじ、消費文明を謳歌する段階には到達していません。中には不動産業者や弁護士、医者などの富裕層も出現してきているようですが、市内を見わたす限りは、やはり圧倒的多数は貧しい人々です。
 思うに、ベトナム社会にはしたたかさが決定的に欠けているような気がします。つまり、豊富な資金を持って進出してくる外資企業を利用して自分たちが豊かになってやろうといったような戦略や野心が感じられないのです。だから、多くの外資企業が進出してきても、彼らはほとんどベトナムに付加価値を落とすことはなく、ベトナムは一方的に利用されるだけに終わってしまうのです。

「右手」の収入と「左手」の収入の話

 ベトナムでは正規の給料を「右手」の収入といい、正規の収入以外の収入を「左手」の収入というのだそうです。「左手」の収入の中には、単に副業として手にしたものも含まれますが、それ以外に不真面目な収入が含まれます。例えば、ベトナムでは公務員の給与が極めて低く、公務員は「右手」だけでは暮らしていくことができないため、公務員の間に「左手」が蔓延っているのです。つまり、賄賂です。
 現地ガイドによれば、ベトナムでは想像を絶するほどに賄賂が蔓延っているようです。例えば、スピード違反で4千円の罰金がかかるところ、賄賂をその3分の1の額だけ払えば、正規の罰金は科せられず、取締をした警察官の懐に賄賂が入ることになります。こうした「左手」が公務員の生活にとって重要な一部となっているのですから、なおさらたちが悪いわけです。
 政府のトップが真剣に賄賂を根絶する毅然とした姿勢を見せ、賄賂が発覚したら即クビなどの措置を講じれば、賄賂はなくなりそうなものですが、そこまでの覚悟は政府にもないようです。おそらく、政府の誰しもが多かれ少なかれ身に覚えがあるに違いありません。おそらく、人々も公務員の給与が極めて低いことを知っているので、社会全体として賄賂に目をつむる傾向があるのでしょうが、やはり賄賂がベトナムの投資価値や国際的信用を著しく落としていることは間違いありません。いずれベトナム政府も賄賂根絶に力を入れざるを得なくなる時期が来るのではないかと思います。
 ところで、現地のガイドによると、今ベトナム人女性と台湾人との結婚がブームになっているようです。台湾男性との間をつなぐおせっかいおばさんのような存在の人たちがいるようです。結婚の動機としてもちろんお金がないわけではありません。台湾で稼いだお金をベトナムの親元に送ってあげて喜ばれることがベトナム人女性の大きな夢となっているようです。結婚して幸せになっている人たちも多くいるでしょうが、みんながみんなそうなっているわけではないようです。中には、結婚して台湾に行ったものの、妾のような存在であることに気付かされたり、全く働かせてもらえず、親に資金も送ることができないというような事態も生じているようです。
 「左手」の話も、台湾人との結婚話も、いずれもベトナム人の貧困を象徴するエピソードです。だから一概にこれらを批判したり揶揄したりすることは、どうしてもためらわれてしまうのです。

サクソンアート・クラブ

 さて、前回訪問時に引き続き、今回もホーチミンで最も充実しているジャズクラブ「Sax N' Art Jazz Club」に足を運びました。現地在住の欧米系の人々を中心に、会場はほぼ満員です。見所はサックスプレイヤーのTran Manh Tuanの繊細かつダイナミックな演奏です。前座が終了した後にTran Manh Tuanが登場。♪Tico Tico No Fubaの演奏は素晴らしかったです。

 その後、熟年の女性ヴォーカリストが登場し、♪Mack The Knife, ♪The Man I Love, ♪Beyond The Seaがとても素晴らしく、力強いヴォーカルに思わず聞き惚れてしまいました。前回に引き続き、帰り際にCDを1枚購入してしまいました。
 ところで、ステージでは、一人の韓国人の若者が壇上に呼ばれてサックスを演奏していました。しかし、考えてみれば、韓国人はベトナム戦争時にベトナム人に対して相当残虐な行為を働いています。このことが影響して、ベトナム人の間では韓国人は「ダイハン」と呼ばれて嫌悪されていましたが、今は、韓国政府がベトナム政府に対して無償で数々のコンテンツを提供したりしたことが功を奏して、対韓感情は改善されています。ホーチミンでも多くの韓国人が在住し、韓国企業も進出しています。
 アメリカとの関係でも、ベトナムはアメリカと激しい戦争を繰り広げたにもかかわらず、今はアメリカ人に対する悪い感情を持っているようには見えません。敵国の通貨である米ドルが平気で通用するところも、よく考えてみれば不思議です。
 もちろん、ベトナム戦争は、ベトナム全体が米国と敵対したわけではなく、ホーチミンを始めとする南部はアメリカ側に付いて闘ったことも事実ですが、それにしても、旧敵国のアメリカや韓国の人たちを温かく受け容れてしまうところに、ベトナム人の人柄というか大らかさが現れているような気がします。
 こうしたベトナム社会の寛容さを見るにつけ、国際社会で多くの国々が平和裡に共存するためには、ときには不幸な過去を棚に上げるという姿勢が必要になるのではないかと思ってしまいます。ベトナム人がベトナム戦争時の行為についてアメリカや韓国に対して執拗な責任追及や糾弾を行っていたら、おそらく今のような経済発展はなかったでしょう。考えてみれば、第二次世界大戦後の日本社会も、アメリカに対する責任追及や糾弾をかなりの程度回避したからこそ、急速な高度経済成長を達成できたという面もあるでしょう。この点は極めて難しい問題なのであまり踏み込まないようにしたいと思いますが、ベトナム社会の立ち位置から学ぶところは大きいと思います。

総括

 総じて言えば、ホーチミンは3年前に来たときと比べて、ほとんど目に見える変化がなかったという印象です。大きな変化といえば、サイゴン・スカイデッキが2011年にオープンし、49階の展望台からホーチミンの光景を360度見渡せるようになったことくらいでしょうか。

 サイゴン川をくぐる大きなトンネルも日本のODAを活用して昨年開通しました。夜のスカイデッキから見下ろすと、川向こうのトンネルの出口の周辺はまだまだ広大な土地が残っていることが分かります。いずれ川向こうにも開発の波が押し寄せていくのでしょうか。
 しかし、ホーチミンが大きく飛躍するためには、人々の所得水準を上げることが必要でしょう。しかし、そうなると今度は労賃が高騰し、多くの外資系企業は安い労働力を求めてミャンマーなどに逃げていくことになるでしょう。そういう意味で、ベトナムは大きなジレンマに立たされているように思います。
 もともとついこの前まで世界一豊かなメコンの田園地域でのんびりとした生活を送っていた人々が戦争の最中に都会に押しやられ、資本経済の中で生活することを余儀なくされていること自体が、ベトナムの都市の人々にとっての最大の不幸なのかもしれません。その中で過去の戦争にいつまでも固執することなく前向きに生きている人々に、ある意味尊敬の念を抱かざるを得ません。
 それにしても、ベトナム人は本当に気持ちのいい人たちです。親日感情も強いため、日本人にとってはこれほど居心地のよい国はないかもしれません。ベトナム人はピュアな人たちだという気がします。中国人のような狡猾さもなく、その日暮らしのためにプラグマティックに生きているような感じです。都市ではバイクによるひったくりもありますが、それは貧困状態の若者たちがゲーム感覚でやっている程度のものですから、まだかわいいものです。警官の賄賂も給料では生活が成り立たないからやむを得ずまかり通っているわけです。だから、ベトナムには小さな悪はたくさん存在するとしても、巨悪はないのではないかという気がします。裏社会のマフィアはもちろん存在するのでしょうが、マフィアが裏社会で大きな悪事を牛耳っているという感じには見えないのです。
 そんなベトナム人のピュアなところが、外国から翻弄され続けてきた歴史にも現れているのかもしれません。
 ベトナム人は片思いともいえるくらい、強い親日感情を持っているようです。日本人もそうした気持ちをうまく受け止めて、良好で発展的な日越関係を構築されていくことを望んで止みません。