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映画、書評、ジャズなど

「日の名残り」★★★★☆

映画

日の名残り [DVD]

日の名残り [DVD]

 英国で活動を続けるカズオ・イシグロの原作を映画化したものです。プロフェッショナルを極めた執事スティーヴンスの悲しいくらいストイックで献身的な生き方に心を打たれます。

 イギリスの貴族ダーリントン卿に長年執事として仕えてきたスティーヴンスは、その館の新しい主である元上院議員のアメリカ人ルイスから、しばらく休みを取ることを勧められ、かつて同じくダーリントン卿に女中頭として仕えていたミス・ケントンを訪ねるために車で向かうところから映画は始まる。

 スティーヴンスは完璧なプロフェッショナルの魂をもってダーリントン卿に仕えてきた。自分の老いた父親をスタッフとして迎えるものの、父親の死に際に立ち会うことよりも、館での大事なパーティーでの奉仕を優先させるほどだった。

 ダーリントン卿はドイツに強いシンパシーを寄せており、第一次大戦後のドイツに対する列強の強い圧力にも反対していた。ダーリントン卿の館では、ドイツに対する政策を話し合う会合も開かれ、各国の有力者が集まった。そんな中に後にこの館の主になるアメリカ人のルイスも含まれていた。ルイスはドイツに対する宥和政策に反対し、パーティーの席でドイツに共感を寄せるダーリントン卿と激しく意見を対立させたこともあった。執事のスティーヴンスは、国際情勢には疎く、主たるダーリントン卿の政治姿勢は彼の執事としての仕事には無関係であり、彼の主に対する絶大な信頼を揺るがすことはなかった。

 唯一スティーヴンスがダーリントン卿の政治姿勢に振り回されなければならなかったのは、館で働いていたドイツからの避難民である2人のユダヤ人の少女を解雇するようダーリントン卿から命じられたときだった。スティーヴンスは主の命に従って2人の少女を解雇する。

 ミス・ケントンは、そんな献身的なスティーヴンスに密かに心を寄せていた。しかし、執事の仕事一筋のスティーヴンスは、ミス・ケントンと親密になることを避けてしまう。やがてミス・ケントンは、他の男からの求婚を受け容れ、そのまま夫と旅だってしまう。

 やがて、第二次大戦が終わると、ダーリントン卿は英国人からナチスへの協力者とみなされるようになり、失意の中で廃人のようになった亡くなっていく。そして、新しい館の主となったのがアメリカ人のルイスだった。そして、ルイスはスティーヴンスに対して休みを取るように勧めたのだった。

 スティーヴンスははるばる車を走らせてミス・ケントンと再会する。ミス・ケントンは再び館で働くことも考えていたのだったが、自分の孫が生まれるという報に接すると、館への復帰を断念した。そして、スティーヴンスは、ミス・ケントンから、彼女が結婚してからしばらくの間不幸であったこと、そしてようやく自分の夫を愛せるようになったこと、彼女の結婚はスティーヴンスに対する当てつけだったことを打ち明けられた。

 2人は日の光がまだ残る桟橋のベンチで座っている。ミス・ケントンはスティーヴンスに、夕方が一日で一番いい時間だという。

 日が暮れて、スティーヴンスはバスに乗って帰って行くミス・ケントンを見送る。もう二度と会うことがないことを知りながら・・・。


 最後の場面でミス・ケントンが発する、夕方が一日で一番いい時間だ、という言葉は印象的です。映画ではミス・ケントンの言葉として発せられますが、原作では、スティーヴンスがミス・ケントンと別れた後に桟橋のベンチで座っていた際に話しかけてきた見知らぬ男の言葉となっています。個人的には、原作の設定の方がよかったのではないかと思いますが、いずれにしても、心にしみる印象に残る言葉です。

 それにしても、仕事に献身的に生涯を捧げたスティーヴンスが、やがて時代が大きく変わっていく中で、自分の生き方に対して自問自答するのは、何とも切なくなります。スティーヴンスにしてみれば、ダーリントン卿の人間性にただ絶大な信頼を置いていたのであって、彼の政治的主張についてはどうでもよかったのです。それが、第二次大戦を境にダーリントン卿が一挙に悪者になってしまったわけですから、ダーリントン卿に捧げた自分の人生とは何だったのだろうかと問いたくなるのは当然であるのですが、もはや晩年に差し掛かりつつあった彼にとっては、今更の問いかけであったわけです。

 仕事に専念するあまりに、スティーヴンスはミス・ケントンから寄せられる好意をもはねつけてしまったわけですが、他方で、ミス・ケントンは苦しみながらも晩年にようやく幸せを掴みつつあったわけです。この2人の人生の対照がとても切なく感じられてなりません。

 人生における晩年を、一日が終わりに差し掛かる夕暮れ時と対比するかのようなタイトルが何ともセンスを感じる、本当にすばらしい作品です。