映画、書評、ジャズなど

村上春樹「三つの短い話」

 

文學界2018年7月号

文學界2018年7月号

 

文學界の7月号に村上春樹氏が3つの短編が掲載されています。

 

最初の短編は『石のまくらに』。主人公が学生時代にレストランでバイトしていた頃に一夜を共にした年上の女性の話。その女性は、いくときにほかの男性の名前を叫ぶかもしれないと事前に言って、実際に他の男の名前を口にしてタオルを噛んだ。そして後日、自分が書いた短歌の本を送って来た。。。

 

二つ目の短編は『クリーム』。主人公がかつて一緒にピアノを習っていた女子から、突然演奏会の招待状を受け取る。あまり気が進まない中、花束を買って会場に向かうが、その建物は鍵がかけられていた。その後立ち寄った公園で、見知らぬ老人から、

「時間をかけて手間を掛けて、そのむずかしいことを成し遂げたときにな、それがそのまま人生のクリームになるんや」

と言われる。。。

三つ目の短編は『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』。主人公はかつてある雑誌に、チャーリー・パーカーアントニオ・カルロス・ジョビンと残した録音が発見されたという想定で文章を寄稿したという話。もちろん、2人が共演したなんて嘘であるわけだが、ある日主人公がNYで中古レコードやに入ると、なんとかつて自分がでっちあげたのとほぼ似たような演奏が収められたレコードが置いてあった。主人公は最初は買うことを躊躇したが、再度買うためにその店に行くと、そんなレコードはないと言われた。。。

 

個人的には、三つ目の短編が一番面白かったですね。パーカーとジョビンの競演なんて、ジャズファンにとっては、考えただけでもとてもわくわくしてしまいます。

 

3つの短編のいずれも、深い余韻を残すもので、さすが村上春樹氏です。

レイラ・スリマニ「ヌヌ」

 

ヌヌ 完璧なベビーシッター (集英社文庫)

ヌヌ 完璧なベビーシッター (集英社文庫)

 

 パリに住む共働きの夫婦が、完璧なベビーシッター(ヌヌ)と巡り合い、夫婦それぞれが自分たちのやりたい仕事ができるようになった最中に、ヌヌに子供たちを殺害されてしまうという話です。

冒頭で、いきなり、ヌヌが子供たちを殺害する場面が出てきて、その後、そこに至るまでの経緯が描かれるという構図です。

ヌヌのルイーズは、ミリアムとポール夫妻の子供たちを献身的に見守り、ルイーズが家庭に入ってきたことによって、家庭は格段に整理されるようになり、夫妻も思う存分仕事に打ち込めるようになるのですが、その反面、妻のミリアムは、子供たちの相手をすることが億劫になるという面も見られるようになってきます。ルイーズが子供たちの信頼を得れば、本来は夫妻は自らの仕事に打ち込めるようになり、ハッピーな方向に向かうはずであるにもかかわらず、逆に、ミリアムは子供たちの面倒を見ることが億劫になってくる面も見られるようになっていきます。

そんなわずかなズレが最終的に悲惨な結果を招くことになるのですが、物語では、その原因ははっきりとした形で示されているわけではありません。なので、読み終わった後に、必ずしもすっきりしない部分も残ります。

 

しかし、この物語では、ヌヌという存在を通して、今のフランス社会のある種の歪みが浮き彫りになっているように思います。文章表現もなかなか工夫されていて、読みごたえはあります。

 

現代社会に対してある種の警鐘を投げかけている小説であるように思いました。

ルーヴル美術館展@国立新美術館

ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか|企画展|展覧会|国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

国立新美術館で開催されている「ルーヴル美術館展」を鑑賞してきました。

古代から近代に至るまでの幅広い時代の一流の美術品が展示されており、予想以上に圧倒されました。

古代エジプトの展示品は、アレクサンドロス大王の肖像など、正に教科書で見たことがあるような作品がずらりと並んでいた感じです。

ルイ14世やナポレオンの肖像や彫刻も多数揃っています。

大理石の彫刻は、布の質感まで伝わってくるものばかりで、その高い技術に感心させられます。

「ブルボン公爵夫人、次いでブーローニュおよびオーヴェルニュ伯爵夫人ジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドーム」と題する彫刻は、腐敗した女性の死骸で、大腸がむき出しになっていて、ウジ虫が湧いているという衝撃的でインパクトのある彫刻でした。

このほか、印象的だったのは、

・ジャック=ルイ・ダヴィッドと工房《マラーの死》

・ヴェロネーゼの《美しきナーニ》

・アントワーヌ=ジャン・グロの《アルコレ橋のボナパルト

・アントワーヌ・ヴェスティエの《画家の妻と子どもの肖像》

エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランの《エカチェリーナ・ヴァシリエヴァナ・スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像》

といった辺りでしょうか。

 

こうした素晴らしい展覧会が開催できるのも、主催者である日本テレビルーヴル美術館に永年に渡り支援してきた経緯があるのではないかと思います。

 

とにかく、ため息の連続という感じで、素晴らしい作品が勢ぞろいしているような印象でした。もう一回くらいは見ておきたい展覧会でした。

纐纈歩美@Lydian

小川町にあるLydianというジャズライブハウスに足を運んでみました。

http://jazzlydian.com/

割と最近開店したお店のようで、こういうお店があることを知らなかったのですが、神田の大衆居酒屋として有名な「みますや」の隣のビルの地下にあります。

 

この日は、纐纈歩美(as)田中菜緒子(p), 安田幸司(b)というメンバーでした。台風が近づいていて雨が降る中でしたが、それでも多くの聴衆が来店していました。

 

演奏された曲は、半分がスタンダード、残り半分は纐纈歩美さんのオリジナルといった感じでした。とてもセンスの良い選曲だったように思います。♪For Heven's Sakeや♪You Go to my Headなどのスタンダードももちろんよかったのですが、纐纈歩美さんのオリジナル曲も案外素敵な曲でした。

 

あまり余計なMCもなく、淡々と曲が演奏されていくスタイルは、個人的には好きでした。田中菜緒子さんのピアノもとても素敵でした。

 

音楽もさることながら、ビジュアル面でも素敵なライブでした。

「万引き家族」★★★★☆


【公式】『万引き家族』大ヒット上映中!/本予告

カンヌの金賞受賞ということで、本作を鑑賞してきました。

とても日本映画らしい作品で、派手さはなく淡々とストーリーが進んでいきますが、とても深い余韻を残してくれる作品です。

 

下町の狭い建屋に暮らす5人。家主の老女の初枝、柴田治と信代夫妻、息子の祥太、信代の妹の亜紀。そこに、両親から虐待を受けている幼い女の子ゆりを家に連れてくる。

一見すると家族であるが、実はそれぞれ血はつながっていない。

クリーニング店で働く信代の給与と、初枝の年金が主な収入源で、治と祥太は万引きを繰り返すことで、一家はかろうじて生計を立てている。亜紀は風俗店で働いている。

家族はそれぞれがある意味幸せを感じながら暮らしていたのだったが、ある日初枝が亡くなる。家族は葬式を挙げず、初枝を埋葬する。さらに、祥太が万引きで捕まると、警察が介入し、ゆりの誘拐、初枝の死体遺棄により、信代はその罪をかぶり刑務所に入ることに。これを契機に家族はバラバラに生活することに。祥太は施設に入り、ゆりも親元に帰る。

しかし、それぞれの生活は決して幸せなものではなかった。。。

 

ラストは、幼いゆりが再び本当の親に迫害されて、家の外で寂しそうな様子でいるシーンなのですが、このシーンがこの作品のすべてを象徴しているように思います。ゆりは結局、血のつながった親の元で戻り、マスコミもこれで一件落着と捉えていたのですが、結局、ゆりにとっては、本当の親の元で暮らすよりも、「疑似家族」の中で生活していた方が幸せだったわけです。にもかかわらず、世間的には、子供は本当の親の元に戻った方が幸せだというレッテルを貼って、この事件を見てしまう。このギャップこそ、監督が訴えたかったメッセージだったように思います。

 

そうだとすると、この作品のタイトルは、もう少し工夫の余地があったように思います。今回はカンヌ金賞受賞で注目を集めたから良かったものの、正直、このタイトルでは、せっかくの良い作品でも、タイトルを見ただけで敬遠してしまう人が多く出てしまうような気がします。

 

この作品は、キャスティングが非常に良かったように思います。夫婦役のリリーフランキー安藤サクラ、祥太役の城桧吏、亜紀役の松岡茉優も大変素晴らしいですが、中でも樹木希林の名演が光っています。セリフがない場面でも、表情だけであらゆるメッセージを聴衆に伝えられる演技は、さすがの一言です。

 

日本映画は、是非こういう路線で世界に発信していってほしいですね。

サイラス・チェスナット@東京TUC

ピアニストのサイラス・チェスナットと日本のトップベーシストの中村健吾のDUOを鑑賞してきました。

http://tokyotuc.jp/2018/03/25/20180513/

 

サイラス・チェスナットは、数年前にアメリカの音楽番組で演奏しているのを見て以来、気になっていたピアニストでしたが、実際のライブを聞いてみると、想像以上に素晴らしいエンターテイナーでした。

巨体を駆使したピアノタッチで重厚な音を繰り出すかと思えば、軽快な指の運びでアップテンポなリズムを奏で、そして繊細なバラードでも魅せるという、変幻自在なピアニストです。

 

そして、何といっても素晴らしいのは選曲です。

軽快なテンポの♪I've Never Been in Love Beforeに始まり♪Tea for two, ♪Stomping at the SavoyそしてMonkの♪Bye-yaなどのスタンダードを軽快に演奏したかと思えば、♪My foolish heart, ♪In a sentimental moodさらにはErik Stieの曲を演奏するなど、メリハリがあってバラエティに富んだ楽しめるラインナップです。Duke jordanの♪No problemも素晴らしかったです。みんなが知ってる曲をとてもセンス良くアレンジしていました。

 

中村健吾さんとは20年来のお付き合いらしく、中村健吾さんの楽曲を久しぶりに演奏していたのも感動的でした。

 

サイラス・チェスナットは体が大きいせいもあって大御所の風格が漂っていますが、実はまだ55歳なんですね。若手の部類ではありませんが、まだまだ脂がのり切っている年齢です。

私の周りにはサイラス・チェスナットを信奉しているジャズファンは見かけたことはありませんが、日本でももっと評価されて良いピアニストだと思います。これだけのセンスと技術を持ち合わせた現役のジャズピアニストはそうはいません。

 

久々に“至福の時間”を味わえたライブでした。

原寮「それまでの明日」

 

それまでの明日

それまでの明日

 

直木賞作家の著者ですが、14年ぶりの作品というだけあって、渾身の作品となっています。

主人公は探偵業を営む沢崎。あるとき、消費者金融の支店長を務める望月という男が沢崎の事務所を訪れ、赤坂の料亭の女将について調査を依頼するのだが、その女将は既に亡くなっていた。

依頼人の望月の支店が強盗事件に巻き込まれ、その場に沢崎も居合わせて事件に巻き込まれる。望月は支店に戻らずに行方不明になる。2名の強盗のうちの1名は逃亡した。支店の金庫からは本来あるはずのない大金が保管されていた。強盗事件の現場には若者の就職を斡旋する会社を経営する海津という若者も居合わせた。

沢崎が望月の住居を訪れると、浴槽に水死体があった。沢崎の下には暴力団が訪れ、支店の金庫の様子をしきりに尋ねる。

結局、望月は自ら出頭し、監禁されていたと主張する。そして、赤坂の女将の調査を沢崎に依頼した人物は望月本人ではなかったことも明らかになる。。。

 

 

渦中の望月が出頭したことで、事件の全容が明らかになるかと思いきや、必ずしも全容が解明されたわけではありません。望月がなぜ支店の金庫に大金を保管していたのかについては、最後まで明らかにはなっていません。

一方、話の焦点は、強盗事件よりもむしろ、誰が望月に成り代わって沢崎に女将の調査を依頼したのかに移っていきます。かつて若かりし頃に女将と関係を持ったままそれっきりになっていた人物が望月の名を騙って沢崎に調査を申し込んだことが明らかになってくるわけですが、それは強盗事件とは離れた話です。

 

そんなわけで、強盗事件の全容に関しては最後までスッキリしない感じは残る面もあるのですが、他方で、消費者金融の強盗事件と赤坂の女将を巡る淡い過去とのつながりが物語の最後でつながってくるところは、巧みな展開といった感じです。