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池澤夏樹「夏の朝の成層圏」

 

夏の朝の成層圏 (中公文庫)

夏の朝の成層圏 (中公文庫)

 

久しぶりに池澤作品の長編を手にしてみました。

 

かつて地方新聞の記者をしていたヤスシ・キムラは、誤って船から転落し、無人島に流れ着く。そこに人の気配はなく、彼(=ヤスシ・キムラ)は自らサバイバルの術を身に着けながら生き延びる。

あるとき、近くの島に渡ってみると、そこには西洋風の住居があった。そして、欧米人がボートでやって来た。彼はその男に慎重にアプローチする。その男はハリウッドの有名な映画俳優マイロン・キューナードだった。

彼は、その島が放射能で汚染されており、住民たちが移住させられたのではないかとの疑いを抱いていたのだが、マイロンの説明によれば、その島は米軍のミサイルの標的が置かれたため、住民が移住させられたとのことだった。

やがてマイロンは再び米国に戻っていくことに。彼は一緒に戻るかどうか迷うが、その島にもうしばらく残ることを決断したのだった。。。

 

現代版ロビンソン・クルーソーといった小説なのですが、文明と未開の間を揺れ動く彼の心の動きが絶妙に表現されています。無人島にたどり着いて何も道具がない中で、徐々にサバイバル術を身に着けていく過程の描写は、かなりリアリティが高いです。

 

また、元の文明世界に戻れるきっかけがありながら、結局それを拒絶してしまう彼の気持ちの揺れ動きもうまく表現されています。未開への憧れというのは著者の作品全体に通ずるテーマのように思いますが、著者自身が文明社会に対する疑問を潜在的に持たれているように思います。

 

本書は著者の長編デビュー作ですが、大変読み応えのある作品でした。