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映画、書評、ジャズなど

ジェイコブ・ソウル「帳簿の世界史」

 

帳簿の世界史

帳簿の世界史

 

 世界史において会計がいかに大きな役割を果たしたのかを、緻密な史実で裏付けつつ論じた本です。単なる過去の事実として重要であるだけでなく、現代のグローバル経済を考える上で極めて大きな意義を持つ本です。本書の内容は、次の記述に端的にまとめられています。

 
「一国の浮沈のカギを握るのは政治の責任と誠実な会計だった。よい会計慣行が政府の基盤を安定させ、商業と社会を活性化するのに対し、不透明な会計とそれに伴う責任の欠如が金融の混乱、金融犯罪、社会不安を招いてきたことは、何度となく歴史が証明している。」
 
そして、本書は、とりわけ複式簿記の重要性を強調するとともに、多くの経済思想家たちがこの点を見落としていたことを指摘しています。
 
「政治の安定は会計責任が果たされる土壌にのみ実現すること、それはひとえに複式簿記に懸かっているということである。」
 
本書では、会計制度が必ずしも順調に発展してきたわけではないことを物語っています。かつてローマ帝国アウグストゥスは、透明性の高い精密な会計を自身の政治的正統性と功績に結びつけましたが、あまり注目されなかったとのこと。しかも当時は不正が横行している状況でした。
 
複式簿記が誕生するのは、12世紀の北イタリアでした。なぜこの時期の北イタリアで複式簿記が発明されたかといえば、商業において共同出資方式が採用され、持分や利益を計算する必要があったからです。つまり、会計は、収入と支出を集計するだけでなく、投資家に還元すべき利益剰余金の累計を計算するために活用されたのです。しかし、この時代の効率的な会計システムは続きませんでした。
 
その後、メディチ家のコジモが会計を駆使して一財産を築き上げます。銀行経営には複式簿記が必須だったのです。しかし、コジモは後継者に会計の知識を引き継がなかったため、メディチ家は破綻の道を辿ることになります。
 
その頃、複式簿記についての世界初の教科書が刊行されます。それは、修道士で数学者のパチョーリによって書かれた『スムマ』という本です。しかし、『スムマ』は当時はあまり評価されていなかったようです。『スムマ』が日の目を見たのは16世紀のオランダでした。オランダ東インド会社複式簿記を導入し、運営が効率化されました。オランダ市民は会計制度に対する信頼を背景にオランダ東インド会社の株を買いました。その背景には、水管理委員会の資金が適切に運用されることが死活問題であったという治水の伝統があったという指摘は興味深い点です。しかし、そのオランダでも会計制度は必ずしも定着しませんでした。
 
フランスのルイ14世は、コルベールという会計顧問を重用します。コルベールは会計を政治的な武器として活用します。しかし、この時期のフランスでも、会計制度が定着することはありませんでした。
 
代わって会計制度を取り入れたのがイギリスです。初代首相のウォルポールは会計制度を十二分に活用しました。この頃イギリスでは南海バブルが起こります。政府がこの会社に貿易独占権を与え、株と引き換えに国債を引き取るというやり方で政府の債務を帳消しにしようとしたのですが、結局株価は暴落します。しかし、イギリスは間も無くこの事件から立ち直ります。それは、イギリスでは会計が発達しており、会計を重視する文化があったからだと本書は指摘しています。ジョン・ローのミシシッピ計画の破綻から長期にわたって立ち直れなかったフランスは、イギリスのような会計の地盤がなかったからだと本書は指摘します。
 
その後イギリスではウェッジウッドが会計を活用した事業を展開します。ウェッジウッドは緻密な原価計算を行うことで効率的な経営を進めたのです。ジェームズ・ワットも会計を活用した実業家の一人で、産業革命の背景には会計の活用があったことが分かります。
 
そして、フランス革命において、会計は大きな威力を発揮します。スイスの銀行家ネッケルがルイ16世によって財務長官に任命されます。ネッケルは複式簿記によって王家の財政を監査します。そして『会計報告』の中で、複式簿記の会計報告こそが「倫理と繁栄の幸福の強い政府」だと主張します。こうしてヴェールが剥がされた王家の家計を見て、民衆はショックを受けることになります。ルイ16世は当初何が起こったのか把握できなかったよですが、王妃や宮廷から批判されて、ネッケルを罷免することになります。ネッケルの会計改革はその後も消えることなく残ることとなり、ヨーロッパ以外の国々にも影響を与えることになります。
 
その影響を受けたのがアメリカです。ワシントンはとりわけ帳簿に気を使い、個人帳簿まで公開したとのこと。アメリカ初の財政最高責任者に任命されたモリスも会計の力で戦費調達のための借金を進めます。ハミルトンも権力とは財布を握ることであると主張しました。
 
そして、興味深いのは、鉄道が公認会計士を生んだという指摘です。鉄道の登場は財務会計を複雑にし、不正の余地を生んだからです。鉄道はあらゆる要素を管理することで、適正運賃を算出する必要があります。そのためには、資産の減価償却が重要となります。そこで、会計士に出番が回ってきたわけです。
 
しかし、会計士の関与で適正な監査が行われたかといえば、決してそうではありませんでした。監査法人には常にダーティーなイメージが付きまとい、批判にさらされ続けます。リーマンショックでも、会計事務所は金融機関と投資家の双方から責められます。
 
 
 
以上が本書の概略ですが、本書を読むと、会計は歴史の節目で大きな役割を果たしてきたものの、いまだに確固とした信頼を勝ち得るほど根付いていないことが分かります。経済社会システムや金融が複雑化する中で、会計の重要性は益々重要になっているにもかかわらず、会計自身がそうした流れに追いついていないといえるでしょう。
 
新興国の中には会計が不透明なままのところも多々あります。その代表が中国でしょう。とりわけ中国の地方政府は、会計自体が機能しているのかどうか怪しい面もあります。仮に中国の地方政府の会計のいい加減さが白日の下にさらされれば、グローバル経済に大きな打撃を与える可能性は否めません。
 
日本でも東芝の不正会計が市場の信頼性を大きく揺るがしているのはご承知のとおりです。これだけ会計制度が発達していると思われる日本においてさえ、市場の信頼性を根底から揺るがす問題が起こることに衝撃を受けます。しかも日本を代表する企業が原因であることは大きな衝撃です。
 
つまり、本書で論じられている会計の歴史は、決して過去の逸話ではなく、まさに現代の経済社会システムを揺るがしかねない大きな問題を本書は提起してくれているわけです。
 
世界史を会計という視点で論じた素晴らしい本でした。