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「モーパッサン短篇選」

モーパッサン短篇選 (岩波文庫)

モーパッサン短篇選 (岩波文庫)

 19世紀のフランス文学を代表する小説家ですが、わずか10年ほどの執筆活動の後、精神錯乱の兆候を示すようになり、43歳の若さで亡くなります。

 今回、初めて短篇を読んでみたのですが、とても面白く、読みやすく、とてもぐいぐいと引き込まれました。

 岩波文庫の本書には、15の短篇が収められています。

 「水の上」は、ボート狂の男の話。ボートで自分の家に向かっていると、錨が引っかかって動けなくなり、一夜を明かすはめに。ようやく引き上げられた錨には、老婆の死骸が引っかかっていた。

 「シモンのパパ」は、父親がいないことでいじめに遭っているシモンという子供の話。絶望して溺れ死のうとしているところを、フィリップという鍛冶屋の職人に助けられた。シモンはフィリップに父親になってくれと頼み、フィリップはシモンの母親と結婚する。

 「椅子直しの女」は、椅子直しの両親を持つ貧しい娘が、薬屋の息子に惚れ込み、実らぬ恋のために一生をかけてお金を貯めた。女の遺言に従い、貯めた金は薬屋に渡されたが、その反応は冷たいものだった。その話を聞いた侯爵夫人は「本当の恋ができるのは、やはり女だけですわね」とつぶやく。

 「田園秘話」は、二軒の隣同士の百姓家の話。どちらも4人の子供がいたが、ある日、裕福で子供のいない夫妻がやってきて、子供を養子にもらえないかともちかけてくる。一軒の家はそれを断り、もう一軒の家は了承し、多額のお金を受け取る。10年後に養子に出された息子が立派になって戻ってくると、養子に出されなかった子供は、なぜ養子に出さなかったのだと両親に抗議し、「土百姓め、勝手にしやがれ」と捨て台詞を残して家を出て行く。

 「メヌエット」は、公園で出会った老人の話。老人はかつてオペラ座のバレエ監督をしており、散歩の途中で踊っていた。妻を連れてきて一緒に公園で踊るが、その光景は哀愁深く、涙を誘う。

 「二人の友」は、プロシア占領下のパリで、かつての釣り仲間の二人が再会し、久々に釣りに出かける話。釣りは大漁だったものの、プロシア兵に捕らえられ、スパイの容疑で銃殺され、二人は川に投げ込まれる。

 「旅路」は、病に冒されたロシアの侯爵婦人がフランスまで鉄道で向かう途中、乗り込んできた見知らぬ男から助けてほしいと言われ、従僕を装わせる。男はその後、婦人の後を追うが、婦人は男と口を利くことはなかった。婦人はやがて息を引き取り、男は亡骸に接吻する。

 「ジュール伯父さん」は、貧乏な一家の父親の兄のジュール伯父さんの話。ジュール伯父さんはお金を使い込んだため、アメリカに送られるが、その後アメリカで一財産を築いたとの噂があり、一家はジュール伯父さんの帰りを待ちわびていた。あるとき、一家は旅行で出かけるが、船の中で牡蠣を剥く老人がジュール伯父さんであることが発覚するのだった。

 「初雪」は、カンヌで佇む一人の女性の話。女性は死期が近づいていることを悟っていた。女性は4年前ノルマンディーの男に嫁いだが、退屈な生活と寒さの中で体調を崩し、療養に来ていた。女性はカンヌで幸せを感じていた。

 「首飾り」は、貧しい夫婦が晩餐会に招待されたものの、身につける装飾品がなかったため、知人からダイヤモンドの首飾りを借りたのだが、首飾りを無くしてしまう。そこで代用品を購入してしれっと返したのだが、そのために夫婦は多額の借金をし、その後の生活は一変してしまった。10年後に首飾りを貸してくれた知人と再会したとき、その首飾りが偽物だったことを知らされる。

 「ソヴァージュばあさん」は、プロシア占領下のフランスで、ソヴァージュばあさんの家に4人のプロシア兵が駐在していた話。ソヴァージュばあさんは敵兵に対して親身に世話をしていたが、あるとき、フランス兵として出兵していた自分の息子が戦場でプロシアの銃弾により真っ二つにされたことを聞き、4人のプロシア兵がいる自宅に火を放って焼き殺した。ソヴァージュばあさんはプロシアによって射殺される。

 「帰郷」は、海辺の村で、漁師の夫婦が多くの子供と暮らしていたが、妻は再婚で、元夫が漁に出たまま帰ってこなかったため、別の男と結婚していた。そこに、一人の浮浪者が家に寄りつくようになる。その男は亡くなったと思われていた元夫だった。

 「マドモワゼル・ペルル」は、ある家庭に居着いていた一人の中年女性の話。その女性が雪の中に捨てられているところを、その家の主人が発見し、それ以来、女性はその家で家族同然で暮らすことになったのだが、主人はその女は実は愛し合っており、そのため女は結婚しないまま今に到っていたのだった。

 「山の宿」は、雪山の宿で冬を越す二人のガイドの男たちの話。ある日、年取った方のガイドが猟に出かけたまま帰ってこなかった。若い方のガイドは捜索するも見つけることができず、宿の中で絶望し、廃人のような状態で発見される。

 「小作人」は、ある男爵の家の召使いが小間使いの女に惚れ結婚する話。二人は一緒に暮らし始めるものの、女は早々に亡くなる。亡くなる直前、女は、自分が男爵に惚れていたことを告白する。男爵は毎年、亡くなった女の墓を訪ねている。


 いずれの作品も、とても印象に残る作品ばかりです。モーパッサンは新聞に作品を発表していたので、簡潔にして印象深い作品を書くことに優れていたようです。

 モーパッサンは日本の文学界にも多大な影響を与えたようですが、他方で、その作風に嫌悪感を示す作家も見られました。その典型が夏目漱石です。
 特に「首飾り」について夏目漱石は、なぜモーパッサンは夫婦の美徳を殺してしまったのだろうか、と痛烈な不快感を示しているようです。この作品を、夫婦の美徳を賞賛するものとして教条的に捉えれば、夏目のような感想になるのでしょうが、些細なことで人生は大きく変わりうるし、運命とは所詮そんなものなのだ、という捉え方をすれば、この作品はそれなりによくできたものと言えるような気もします。

 モーパッサンの短篇がこれほど面白いものということを、今更ながら知りました。