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映画、書評、ジャズなど

ジョン・アーヴィング「ホテル・ニューハンプシャー」

文学

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)

ホテル・ニューハンプシャー〈下〉 (新潮文庫)

ホテル・ニューハンプシャー〈下〉 (新潮文庫)

 読み終えた後にしばらくポーッとした余韻に包まれる作品でした。コミカルであからさまな性描写にあふれていながらも、もの哀しい雰囲気が全体を通じて漂っており、最後は涙してしまう、そんな素晴らしい文学作品です。

 物語は5人兄弟の次男ジョン・ペリーが一人称で進んでいきます。その両親はリゾートホテルのバイトで知り合う。そこにはフロイトという熊使いがいたが、ヨーロッパに渡る際に父親に熊を置いていく。

 父親は学校の教師となったが、廃校となった女子校を買い取り、ホテルに改装して、ホテル経営に乗り出す。それが第1次ホテル・ニューハンプシャーだった。家族ぐるみの経営だった。長男のフランクは同性愛者。そして長女のフラニー。次女のリリーは体が大きくならない病気だった。そして三男のエッグを入れて個性的な5人兄弟だった。

 物語を貫くのがフラニーが同級生のチッパー・ダヴにレイプされた事件。現場に居合わせながらフラニーを助けられなかった語り手のジョンは、その後フラニーのために体を鍛える。ジョンは実はフラニーに恋をしていた。

 ウィーンにいるフロイトから誘いの手紙を受け取った父親は、家族でウィーンに移住することを決断する。そこで新たにホテルを経営することとなる。ウィーンへの移動で、母親とエッグが乗った飛行機が事故に遭い、2人は死亡する。
 ウィーンのホテルには、過激派のメンバーと娼婦がいた。そして熊の着ぐるみに入ったスージーもホテルを守っていた。過激派はウィーンの劇場を爆破した後にこの一家を人質にすることを計画する。この計画はいざ実行に移され、フロイトは命を落とし、父親は失明することになったが、劇場の爆破は免れた。ちょうど同じタイミングでリリーが自伝的な本を書いていたことから、リリーの本は売れ、一躍売れっ子作家に。一家は大きな収入を手にする。

 一家はニューヨークに戻る。そこでジョンはフラニーをレイプしたチッパー・ダウに遭遇する。一家はチッパー・ダヴへの復讐を計画する。チッパー・ダヴを一家が滞在するホテルに呼び出し、熊の着ぐるみに入ったスージーがダヴをレイプするという設定だった。計画はリリーの書いたシナリオ通り成功する。

 やがてリリーは自ら命を落とす。フラニーはレイプを受けた際に自分を助けてくれたジュニア・ジョーンズと結婚する。そして、ジョンは熊の着ぐるみに入っていたスージーと結婚し、かつて両親が出会ったリゾートホテルでレイプ相談をして暮らすことに。ジョンとスージーは、フラニーとジュニア・ジョーンズとの間に生まれる子供を引き取ることになる。。。


 フラニーを中心として性にまつわるエピソードが満載で溢れています。フラニーのレイプ経験や、ジョンとフラニーとの近親相姦などが、この作品の重要な設定となっています。

 そして、この作品の中でたびたび出てくるのは、ソローという老犬です。フラニーが大変かわいがっていたのですが、老犬だったので殺処分され、長男のフランクがその剥製を作るのですが、それがあまりにもリアルだったために、それを見た祖父が命を落とすなどの事件につながります。

 ウィーンに移ると、ソローの代わりとなるのが熊の着ぐるみのスージーです。スージーはフラニーと性的な関係になりますが、フラニーにとってスージーはソローと通ずる部分があったわけです。

 この作品は、経済的には決して恵まれない中で、家族が団結して生き抜いていく話なのですが、この作品の魅力を高めているのは、やはりフラニーでしょう。レイプという重い過去を引きずりながらも、たくましく陽気に生きていき、やがては女優として花開いていくという正にアメリカン・ドリーム的な面もあります。性には奔放で、弟とも交わってしまう面もありますが、辛い過去を内面に押しとどめながら前向きに生きているその生き方が、この物語の魅力を大いに高めています。

 人間は生きていく上で夢を見続けていくのだ、というのが本書を貫く一つのモチーフになっているような気がします。この家族は父親のホテル経営という夢によって振り回されます。そして、物語で登場する犬や熊も、現実と隣り合わせであるファンタジーの象徴と言えるでしょう。人生を生きていく上で、ファンタジーの要素は不可欠であり、ファンタジーを持ち合わせているからこそ、辛い人生を生きていくことができるのだということが本書のモチーフであると私は受け取りました。本書でも様々な哀しい事件が起こりますが、それにもかかわらず明るく生き抜いている家族の支えとなっているのは、夢であり、ファンタジーであるわけです。

 作品の最後の方で出てくる以下のようなフレーズが、大変印象的です。

「夢を見続け、そしてぼくたちの夢はそれをありありと想像できるのと同じくらい鮮やかに目の前から消え去る。好むと好まざるとによらず、それが現実に起ることである。そしてそれが起ることであるから、ぼくたちには、利口な、よい熊が必要なのだ。」