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木全信「ジャズは気楽な旋律」

 多くのジャズの巨匠たちのアルバムのプロデュースを手がけてきた著者の回想記です。
 正直、日本人にもこんな形でジャズと関わった人がいたのかと驚いたのと、生き生きしたジャズミュージシャンたちとの交流に大変感銘を受けました。また、後述のように、著者のジャズアルバムづくりに対する姿勢には大変共感する部分も多く、本質を突いた指摘が多かったのが印象的です。

 著者が本書で言及しているミュージシャンは、ベニー・ゴルソンアート・ブレイキーフレディ・ハバードマル・ウォルドロンなど多数に上りますが、私が最も印象に残ったのはケニー・ドリューとの交流に関する記述です。著者がケニー・ドリューに出会ったのは、フュージョン全盛期の80年代ですが、そんな時代においてケニー・ドリューが目指したのは

「アコースティックなストレート・アヘッド」

でした。80年代の日本におけるケニー・ドリューの人気は凄まじかったようで、LPとCD合わせて10万枚突破ということもあったとか。

 著者がケニー・ドリューに対して、なぜ日本で多くのファンを得ることができたのかについて聞いたところ、ケニーは以下のように答えているのが印象的です。

「それはいくつかある。まずテクニックを表に出さないこと、プロのピアニストならほとんどの人が超技巧といわれるテクニックを持ち合わせている。しかしそれをいかに隠し、誰もが弾けそうで“いとも簡単”と思わせる表現方法ができるか、これが自分のプレイ中にいつも心がけていることだ。それともう一つ、音と音との間、すなわち音間にどう意味合いを持たせるか・・・この音間にかなり気をつかうことかなぁ」

 近年、テクニックをひけらかす技巧的なミュージシャンが多く見られる中で、何と重い言葉でしょうか。

 著者の指摘の中で最も共感した部分は、スタンダードとオリジナルに対する考え方です。著者にはアルバムづくりにおいて次のような信念があったそうです。すなわち、オリジナル曲だけのアルバムは絶対つくらないということです。著者は、スタンダード曲60から70パーセント、オリジナル曲30から40パーセントという配分を固持したとのこと。
 著者はミュージシャンに対し、次のように言ったことがあるそうです。

「オリジナルを否定しないが、全部がそんなに素晴らしいメロディーとは思えない。面白くもないオリジナル作品を聴かせられるユーザーには、それこそ迷惑な話だ。」

 全く同感です。多くのジャズ・ミュージシャンたちが唯我独尊で最初から最後までオリジナル曲ばかりでライブ演奏を行ったり、アルバムを構成したりすることによって、どれだけのファンが離れて行っていることか。。。今のミュージシャンたちには是非反省してほしいところです。

 私はこれほどまでに生き生きしたジャズの回想記にこれまで出会ったことがありません。近年、ジャズの巨匠と言われる大物ミュージシャンたちが次々と亡くなっていっている中、こうした回想記は大変貴重な資料だと言えるでしょう。

 是非多くのジャズ・ファンに読んでもらいたい本です。