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広井良典「創造的福祉社会」

創造的福祉社会: 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 (ちくま新書)

創造的福祉社会: 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 (ちくま新書)

 著者は近年、ユニークで奥深い視点でコミュニティについて論じている方です。近著の本書も大変興味深い視点が数多く見られました。

 著者は現在の人間社会が“第三の定常期”への移行という大きな構造変化に直面していると捉えています。著者の論旨は以下のような感じです。

 人間の歴史は「拡大・成長」と「定常化」という視点で眺めると、第一に人類誕生から狩猟・採集時代、第二に約一万年前の農耕の成立以降、第三に約二〇〇年前の移行の産業化(工業化)時代、という3つの時代区分ができる。定常化とは文化的創造の時代であり、第一期から第二期への移行に際しての定常化においては「心のビッグバン」が起こり、家族をベースとした狭い範囲の血縁集団からそれを超えるコミュニティが形成された(第一の定常期)。そして、第二期から第三期への移行期に当たっては「枢軸時代/精神革命」が起こり、個々の民族や共同体を超える「普遍的な原理」への志向が見られた(第二の定常期)。そして、現在我々が直面している第三の定常期においては、「倫理の再・内部化」が求められている。。。

 著者のいう「倫理の再・内部化」というのは、個人を起点としつつも、コミュニティの「徳」や自然の「スピリチュアリティ」といった価値を重層的に統合したものというのが、著者の主張です。つまり、端的にいえばこういうことです。第一期の狩猟・採集社会に対応する価値は自然のスピリチュアリティであり、第二期の農耕社会に対応する価値はコミュニティをベースとした「徳」だった。第三期の産業化社会においては、個人をベースとした「自由/権利」であったが、それが今や行き詰まってきており、今後の方向性は、個人を価値の出発としつつも、従前の価値に再び遡っていくのだ、、、というわけです。


 この辺の議論は本書の第三章で詳しく論じられているのですが、人類学に大きく踏み込むなど少し著者の力が入りすぎていて、狐につままれたような印象を受けてしまうのですが、本書で注目すべき点は、むしろ第一章及び第二章で論じられる現状の資本主義分析にあります。

 著者は、現在の資本主義社会が構造的な「生産過剰」に陥っていることが慢性的な失業率の高さにつながっているとしています。これはローマクラブの『雇用のジレンマと労働の未来』という報告書の中で“楽園のパラドックス”として触れられているそうですが、それは、すべてのものを働かずに手に入れられる楽園においては、現金収入ゼロ、100%の慢性的失業率という地獄状態になってしまうというものだそうです。こうした「過剰による貧困」が生じているという指摘は説得的です。

 また、“「コミュニティ感覚」と空間構造”という視点の重要性を指摘しているのは興味深い点です。ヨーロッパの街並みについてはこうした視点が感じられるのに対して、日本の都市政策においては、こうした「コミュニティ感覚」という視点はほとんど考慮されることはなかったと著者は指摘します。

「これまでの日本の都市政策では、そうした「コミュニティ感覚」といった視点はほとんど考慮されることがなかったのではないか。しかし今後は、いわば“コミュニティ醸成型の空間構造”(中略)という、ソフトとハードを融合した視点がまちづくり都市政策において非常に重要になると思われる。」

 これは、高度成長期以降の日本においては、「生産のコミュニティ」と「生活のコミュニティ」が完全に乖離してしまったことにも原因があります。

 戦後の日本社会は、農村から都市への人口の大移動がありましたが、日本の都市は独立した個人と個人のつながりのベースとなる「都市型コミュニティ」に対応したものとなっておらず、そこから生じるギャップが様々な矛盾を生む背景となっているのではないか、というのが著者の見解です。

「日本社会における根本的な課題は、個人と個人がつながるような「都市型のコミュニティ」ないし関係性をいかに作っていけるか、という点にまず集約される。」

 私はこの著者の見解には大いに共感を覚えました。日本の都市は、空間的に「都市型コミュニティ」にいまだ対応できていないと言えるように思います。だから、都市の中でコミュニティが生まれず、人々が絆を築けていないのではないかという気が強くします。


 東日本大震災後の論壇においては、広い視野の見識や分析が求められます。そういう意味では、本書は多様な学問分野に裏付けられた文明論的分析がなされており、著者のような主張は、これからの論壇においてますます重宝されていくのではないかと思います。

 これからの文明社会のあり方について深く考えるための素材としてふさわしい本です。