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金沢JAZZ STREET 3日目

 本日は今回のフェスティバルの本命、エリック・アレキサンダー・カルテットのステージがあります。やはり今回最大の目玉です。

 その前に、午前中は、まず21世紀美術館に足を運びました。想像していたよりもこじんまりとした円形の建物です。まずは1F部分をぐるっと一周。子どもが遊ぶスペースや図書ゾーンもあって、なかなか個性的です。展覧会は連休ということもあり大混雑だったので、今回はパスします。

 この美術館の良さは、もちろん美しい円形の建物の魅力なども大きな部分だとは思いますが、一番の良さは、外部との境界線の曖昧さにあるのではないかと思います。普通の美術館であれば、敷地に入るところに敷居が設けられ、その中に入るためには入場料がかかるという感じですが、この21世紀美術館は、敷地内の芝生には常時自由に入ることが可能です。建物の周縁部にも入場料がかかることなく入ることができます。この敷居の低さが多くの観光客や地元の人々を惹き付ける大きな要因になっているような気がするのです。

 この美術館については、別途の記事にしたいと思っています。

 それから、市内中心部からやや離れたところにあるひがし茶屋街まで歩きます。尾山神社や尾崎神社などに立ち寄りつつ、

そして賑わいを見せる近江町市場の中を通り、それからやや平板な道を歩いていくと(この道がもう少し歩くのに魅力的であれば言うことないのですが・・・)、浅野川沿いに位置する茶屋街に行き着きます。

 古い建物が良い状態で保存されているとともに、道もこぎれいに舗装されていて、歩いていて大変心地よいスペースです。狭い地区ではありますが、わざわざ足を運ぶだけの価値はあります。こういう街並みを至る所に作っているところに、金沢の成功の秘訣があるのではないかと思います。

 昼下がりは伊藤君子さんと椎名豊さんのDUOのステージです。
http://www.kanazawa-jazzstreet.jp/event_hc.html
 椎名さんはかつて伊藤さんのバンドで活動したこともあるそうで、2人の息はぴったり合っていました。出だしは椎名さんのソロで♪My Favourite Thingsでした。それからは、スタンダード・ナンバーが続きます。最後はコール・ポーターの名曲♪Love For Sale、アンコールはアランフェス交響曲の♪Follow Meで締めくくられます。アランフェス交響曲のヴォーカルは今回初めて聴いたのですが、伊藤君子さんの歌声に合っていてとても素晴らしい演奏でした。

 ステージのちょうど中間くらいで椎名さんがソロで演奏した♪The Single Petal Of A Roseは、「女王組曲」というアルバムからの選曲でしたが、このアルバムはデューク・エリントンエリザベス女王に献上するために1つだけプレスしたという伝説のアルバムです。しっとりとしてなかなか素敵な曲でした。

 伊藤君子さんのステージは東京では見たことがなかったのですが、その伸びやかな声に魅了されました。以前は演歌歌手をされていたとのことで、津軽弁のジャズアルバムを出したりしているそうですが、やはり正統的なジャズのスタンダード・ナンバーをきちんと歌った曲に最大の魅力がありました。スキャットも交えながらステージを盛り上げていくテクニックには、熟練の貫禄を感じました。

 さて、夜はようやくエリック・アレキサンダー・カルテットのステージです。
http://www.kanazawa-jazzstreet.jp/event_hc.html
 出だしからいきなりスピーディーなテナーが炸裂、デクスター・ゴードンの♪Cheese Cakeから始まります。2曲目は最新アルバムに収録されたバラード、♪My Grouwn-up Christmas Listです。これが実に素晴らしいバラードです。

 エリック・アレキサンダーのテナーの魅力はやはりバラードで存分に発揮されます。この数曲後に演奏された♪My Romanceはもう最高の演奏でした。エリックのソロが長く続くのですが、この間、会場全体に緊張感に満ちた静寂が張りつめていました。

 ジョー・ファンズワースのコミカルなドラム、ナット・リーヴス(彼はハートフォード大学で教鞭を執られている知的なベーシストです。)の堅実なベースも素晴らしかったのですが、エリックと並んでもう一人このバンドを支えているのは往年のピアニストのハロルド・メイバーンでしょう。メイバーンは実は残りの3人のメンバーの師匠に当たる方で、今でもWilliam Paterson Universityで教鞭をとられているそうです。メイバーンがエリックのことを“brilliant”なstudentだったと絶賛しているのが印象的でした。師匠の温かいまなざしの下で伸び伸びと他の3人が演奏することで、メンバーの実力がいかんなく発揮されることで、良いステージに仕上がっているという感じです。

 それにしても、エリックの人気はこの金沢に集結したそうそうたる面々の中でも圧倒的でした。ライブの前から入り口にたたずんでいたエリックの周りには、ジャズをたしなむ若い学生とおぼしき人たちで自然と人だかりができ、丁寧に応対してサインするエリックの姿が印象的でした。

 ステージでも、こうした学生たちの反応が良く、素晴らしいフレーズの後には多くの声援が飛ぶことで、ミュージシャンたちの演奏もより一層際立っていくという好循環で、今回のフェスティバルの数々のステージの中でダントツに盛り上がったステージとなりました。

 ハロルド・メイバーンのアルバムのタイトル・チューンの♪Kiss of Fireの力強いピアノは、とても72歳とは思えない力強いものでした。

 バラードと激しいビバップが混在した選曲は、大変うまくコーディネートされたもので、1時間半にわたるステージは決して飽きさせることはなく、あっという間に過ぎていった時間でした。これまでエリックのステージは何度か見てきましたが、その中でも今回のステージは最高のステージでした。今回のステージはコンパクトなホールで開かれたものでしたが、まるでライブハウスのような盛り上がりを見せました。

 エリックのかつての発言で印象的だったのは、スタンダード・ナンバーに対するこだわりです。日本のジャズ・ミュージシャンもそうですが、最近の若いミュージシャンたちは何かと自分の“original”だと言ってあまり出来の良くない曲を披露したりするのですが、エリックはあくまでスタンダード・ナンバー中心のステージやアルバムにこだわっています。

 また、エリックのカルテットは、ステージではスーツとネクタイでビシッと決めているところが大変好感が持てます。日本のジャズ・ミュージシャンの多くは、Tシャツにジーパンといったラフな恰好でステージに立つことが多いのですが、エリックたちは常にビシッとした服装に身を固めており、見ている方にも心地よい緊張感が伝わってきます。自ずと演奏にも緊張感が走っているような感じもします。

 この辺は、日本のミュージシャンたちも大いに見習うべき点ではないかと思います。

 このエリック・アレキサンダー・カルテットのステージを見ただけでも、金沢まで来たかいがあったというものです。来月はコットン・クラブでパット・マルチーノとの共演がありますが、東京に帰ったらこれも是非見てみたいものです。

 盛りだくさんで大変充実した1日でした。