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ジム・フジーリ「ペット・サウンズ」

ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)

ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)

 本書はのタイトルは、御存知ビーチ・ボーイズブライアン・ウィルソンと言った方が適当か)が1966年に制作した名盤中の名盤のタイトルです。ジム・フジーリという小説家が、主に『Pet Sounds』を巡るエピソードを書き連ねており、訳者である村上春樹氏のあとがきにおける言葉を引用すれば、

「徹底して個人的な視点から描かれた」(p179)

本です。

 私は、ビーチ・ボーイズのサウンドを同時代的に体験したわけでは決してありません。しかし、青春の1ページとしてビーチ・ボーイズはしっかりと刻まれており、特に高校生の頃に『Pet Sounds』を聴いたときの衝撃は忘れられません。

ペット・サウンズ

ペット・サウンズ

 私が最初にビーチ・ボーイズの音楽と出会ったのはベスト版の『Endless Summer』だったのですが、そこに収録されている曲は、「Surfin' U.S.A」「Be True To Your School」「California Girls」など、大半は太陽が燦々と降り注ぐカリフォルニアのビーチとそこで戯れる水着の女性たちを連想させる明るいものでした(「Good Vibration」だけが異質といえば異質でしたが・・・)。その後、『Summer Days』など何枚かの初期のアルバムを経て辿り着いたのが『Pet Sounds』だったのです。
Endless Summer

Endless Summer

 『Pet Sounds』には、私がそれまで耳にしていたビーチ・ボーイズのサウンドとは明らかに異色な楽曲がずらっと並んでいました。それらの楽曲は言ってみれば「死」と隣り合わせの音にも受け取れ、いわば「死」の淵に追いやられた若者の魂の底から込み上げてきたもののように私には感じられました。

 以来、初期のビーチ・ボーイズのカラッとした明るい楽曲を聴いても、その一見無垢な明るさの裏に「死」の臭いを感じられるような気がしてしまい、かつてのように、ビーチ・ボーイズの明るいサウンドを額面どおり素直に受け入れることができなくなってしまったのです。聴くたびに胸が締め付けられる思いがしてしまうのです。

 ちょうどその頃、私は大学受験の真っ最中で、家の外では昼の太陽が照りつける中、薄暗い部屋の中で黙々と勉強をしていたわけですが、私が置かれたそんな鬱屈した状況と、この『Pet Souds』というやや精神分裂症的な要素を併せ持ったアルバムは私の中で奇しくも共振し、このアルバムをリピートしながら受験勉強に励んだ記憶が甦ってきます。

 『Pet Sounds』はそんな個人的な思いが込められたアルバムでしたので、躊躇することなく本書を手にした次第です。

 本書は『Pet Sounds』の実質的制作者であるブライアン・ウィルソンを中心に書かれていますが、まず、ビーチ・ボーイズのサウンドが、子供時代の体験に大きな影響を受けていることが指摘されています。カリフォルニア州ホーソンで、ブライアンと弟のデニスとカール、従兄弟のマイク・ラブ、ブライアンのクラスメートのアル・ジャーディンは育ち、そこでビーチ・ボーイズが結成されるのですが、ウィルソン一家の父親マリーは芽の出ない作曲家で、陰惨な精神の病に苛まれており、父親の子供たちに対するひどい仕打ちの中でブライアンらは育つことになります。その逃げ場が、音楽だったわけです。

「そこから逃げ出すにはまだ若すぎた彼は、音楽に逃げ場を見いだした。ますます複雑化し、ときには目を見張るほど見事な自らの音楽に。そして魂の底に向けて深く、深く、深く、音楽を求めて降りていったとき、彼は『ペット・サウンズ』を見いだすことになった。」(p17)

 ビーチ・ボーイズは、「Surfer Girl」のヒットなどで、次第にアメリカで最高のボーカル・グループとして名を知られるようになります。そんな中、イギリスではビートルズが猛威を振るっており、アメリカにも進出し始め、ブライアンらは、ビートルズに激しい対抗心を燃やすようになります。しかし、ビートルズから受けた刺激は、ブライアンらをよりクリエイティブな方向に導くことになります。

 ところが、ブライアンは、1964年頃になると次第に心の病を煩うことになり、ビーチ・ボーイズのツアーに参加しないようになります。同じ頃、マリリン・ローヴェルという16歳の少女と結婚もします。そして、さらにブライアンは、LSDとマリファナにも手を出し始めます。

 そんな混乱した状態の中で生まれたのが『Pet Sounds』だったわけです。

 「Pet Sounds」は個々の楽曲もさることながら、アルバム全体が一本の線を貫いているアルバムといえます。この点でブライアンが大きな影響を受けたのが、ビートルズのアルバム『Rubber Soul』でした。従来のアルバムは、ヒット曲がいくつか溜まったところで、シングル曲を中心に周辺を適当な「埋め草」で固めたようなものだったわけですが、この『Rubber Soul』はそうした従来のアルバムとは大きく異なり、「埋め草」をヒット曲に劣らず質の高いものとすることで、従来の方式を壊してしまったわけです。

Rubber Soul

Rubber Soul

 ブライアンはこの『Rubber Soul』が好きでした。ブライアンは『Rubber Soul』について次のように語っているとのことです。

「このアルバムは僕をノックアウトしちゃったよ。綜合的なアルバムでありながら、なおかつ見事な曲が揃っている!」「僕もやってみたいよ。『ラバー・ソウル』はひとつの完全なステートメントになっている。参ったな。僕が作りたいのもこういう完全なステートメントなんだよ」(p115)

 こうしてブライアンは、『Pet Sounds』の制作に取りかかります。この仕事に取りかかっている間、ブライアンは神経を高ぶらせた状態にあり、冗談ひとつ口にしなかったとのことです。メンバーの間には、ブライアンが最高の作品をこしらえつつあるという認識はあったそうです。

 しかし、こうして出来上がった作品は、商業的には成功しませんでした。メンバーのマイクは、あれは

ブライアン・ウィルソンのエゴ・トリップ・ミュージックだよ」(p160)

と言ったとのことです。

 『Pet Sounds 』は、アメリカではビルボード・チャートの10位止まりだったのに対し、皮肉なことに、このアルバムの発売の直後に発売されたこれまでのヒット曲集は、8位まで上昇しました。ブライアンは、『Pet Sounds』がアメリカで商業的成功を収めることができなかったことに傷つきます。(同じ年に発売された「バーバラ・アン」というやっつけ仕事としか思えないような曲が予想外のヒットを飛ばし、ビーチ・ボーイズの面々は気落ちしたという話が伝わっているとのこと。)

 しかし、『Pet Sounds』は、イギリスではナンバーワン・ヒットになりました。そして、このアルバムを高く評価したのが、ビートルズのメンバーだったのです。ジョン・レノンポール・マッカートニーは、このアルバムを言葉を失って聴き、真剣な顔つきでブライアンの音楽を検討します。

 ポール・マッカートニーは、このアルバムの曲の中でとりわけ「God Only Knows」(=神さましか知らない)を高く評価し、

「これは実に実に偉大な曲だ」(p142)

と絶賛したとのことです。

 発売当時においては、多くのビーチ・ボーイズのファンを落胆させたわけですが、後世において、この『Pet Sounds』がポップス史に残る名作であることはほぼ一致した評価になっていると言えます。

 私は、このアルバムがなぜこれほどまでに高い評価を受けるのかについては、やはりブライアン・ウィルソンという一人の人間の内面を見事なまでに投影されているからではないかと思います。つまり、ブライアンの内面の弱さが、切ないサウンドの中に凝縮され、それが美へと昇華されていることが、このアルバムの高い芸術性につながっているのではないかと思います。その意味で、『Pet Sounds』は極めて個人的な作品と言えるわけです。現にブライアンは、このアルバムを自分のソロ・プロジェクトとみなしていたそうです。

「ブライアンはアルバム『ペット・サウンズ』をかなりの部分まで、自分のソロ・プロジェクトだと見なしていた。考えてみれば、それはもっともな考え方が。彼はほとんどの時間を自分一人で過ごした。そしてビジネスやら、ドラッグやら、彼の危うい精神状態やら、年若い結婚やら、悩みの種をもたらす厄介な父親ら(ブライアンの前からいちおう姿を消しはしたものの、それでも何かと首を突っ込んできた)、そんなあれこれが生み出す問題に一人で対処してきた。」(p149−150)

 このアルバムの楽曲自体は、決して暗いものではなく、むしろ明るい曲調であるわけですが、その裏にははっきりと「陰鬱」なものが潜んでいるのが分かるのです。ニック・コーンというライターは、このアルバムについて、

「幸福についての哀しい歌の集まり」(p154)

と呼んだそうですが、私も同感です。

 おそらく、ブライアンという人間は、幸福になればなるほど、逆にその幸福がやがて壊れていってしまうのではないかと考えるような人間だったのではないかと思います。だから、彼の中では、カリフォルニアのまぶしい太陽と陰鬱で弱々しい心の内面とが共存できてしまうのでしょう。だからこそ、こうした美しい作品を生み出すことができたのでしょう。



 最後に、この作品の中の個々の楽曲について見ると、私はやはり出だしの「Wouldn't It Be Nice」とそれに続く2曲目の「You Still Believe」と流れていくところが素晴らしいと思います。

「…ジェリー・コールの十二弦ギターが曲を発進させる。子供の玩具をただ鳴らしているみたいなパターンが演奏される。イノセンスと束縛のない幸せがそこにほのめかされている。ところが突然、四つめの小節の頭に、ハル・ブレインが、ブライアンの指示を受けて、ドラムをどすんと強く叩き、荒々しくも不吉な音を送り出す。それは閉められたドアや、ばたんと閉じられた門扉の響きを思わせる。イノセンスも幸福もそこで終わりを告げる。たった六秒でそれらはどこかに消えてしまう。」(p61)

 これはアルバムの出だしの部分を著者が描写したものですが、さすが小説家だけあって素晴らしい比喩です。

 それからやはり素晴らしいのは、「Sloop John B.」でしょう。この楽曲は、このアルバムの中で唯一ブライアンによるものではなく、元の曲をブライアンが見事に換骨奪胎したものですが、曲の後半に向かうに連れてコーラスが重なっていき、徐々に盛り上がっていく様は圧巻です。

 本書を読み、音楽というのは正にアーティストの人生の投影そのものなのだという事実を、改めて認識させられました。そして、人生が赤裸々に投影されていればいるほど、その音楽は人に訴える力を持つのです。