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渡辺治「安倍政権論 新自由主義から新保守主義へ」

政治

安倍政権論―新自由主義から新保守主義へ

安倍政権論―新自由主義から新保守主義へ

 本書は、護憲派の側から安倍政権について分析し、論じたものです。著者は、一橋大学大学院社会学研究科の教授をされている方で、護憲の立場から数多くの著作を書かれているようです。

 なぜ本書を手に取ってみたかというと、産経新聞の政治部記者で安倍政権に対する強いシンパシーを抱いておられる阿比留瑠比さんという方が、

「私とは考え方や主張は全く異なりますが、これがけっこう面白く、安倍首相の背景や小泉前首相との相違点などに関する分析それ自体には、頷ける点も多々ありました。」

国を憂い、われとわが身を甘やかすの記
と書かれていたのを見て興味を覚えたからなのですが、読んでみると、確かに他には見られないような鋭い分析もなされており、優れた安倍政権分析となっています。

安倍政権を支える担い手・支持基盤の問題

 本書における重要な論旨は、安倍政権は単なる「新保守主義」ではなく、「新自由主義」と分かちがたく結託しており、そして、安倍政権を支えている担い手や支持基盤の広汎さが安倍政権の矛盾につながっているという点です。

 つまり、安倍政権は、大きく「軍事大国化の完成」と「新自由主義改革の継続」という2つの課題の完成を目指しており、安倍自身もこれを歴史に名を残そうと正面突破で乗り切ろうとしているわけですが、ここで、安倍政権の担い手と支持基盤の特異性が安倍政権に困難と矛盾を孕ませているというわけです。

 安倍政権を支える「担い手」としてよく知られているのは、新保守主義イデオロギーを鮮明にしている議員集団でしょう。しかも、彼らは従来の保守勢力の主流ではなく、一貫して保守の傍流に追いやられていた人たちだという特徴があると渡辺教授は指摘します。しかし、安倍政権の担い手は実はそうした新保守派だけでなく、小泉チルドレンと呼ばれるような小泉構造改革を掲げる新人議員の一群も大きな力となっています。さらに、間接的な担い手としては、財界やアメリカも重要なアクターとなっています。

 他方、安倍政権を支える「社会的基盤」を見ると、それは大きく2つの基盤があると渡辺教授は指摘します。
 安倍政権を支える最大の基盤となっているのは、小泉政権を支えた大都市部の市民上層、大企業のホワイトカラー層、中間管理職、技術者層です。
 そして、もう1つの担い手は、上記の支持層とは逆に、小泉政権の下で打撃を受けた地方です。地方の人々は、安倍政権の下で政策転換と手直しが起こることを期待して安倍政権を支持しているのだというわけです。
 つまり、安倍政権は、相互に矛盾し合う2つの大きな支持基盤に支えられているというわけです。

 こうした安倍政権を支持する「担い手」や「支持基盤」の特異性が、安倍政権に矛盾と困難をもたらしているというわけです。

安倍政権最大の矛盾は、政権が第一の課題に挙げている軍事大国化の完成をめざす政策が、安倍政権支持基盤である大都市の市民層や地方のなかにも階層横断的に存在し根づいている「小国主義」の意識と衝突し、その警戒心を高めている点である。」(本書p120)

安倍政権の政策遂行の過程で直面する第二の矛盾は、安倍政権の担い手のタカ派的、新保守的政策が、安倍政権のもう一つの担い手、すなわち現代のグローバル大国化をめざす財界やアメリカなどの意思とすら対立しかねないことである。」(本書p122)

 この点は、先の参議院選挙の自民党の大敗(特に地方における惨敗)を見れば、かなり説得力があるように思います(ちなみに、本書は参議院選挙前に出版されたものです。)。

 また、ホワイトカラー・エグゼンプション制を巡る混乱も、こうした安倍政権の担い手や支持基盤の矛盾から起こったものだというふうに見ると分かりやすく感じます。

安倍政権の歴史的系譜

 それから、本書におけるもう1つの鋭い分析は、戦後政治において舵を右に切ろうとしてかつての政権である岸政権と中曽根政権と、今回の安倍政権との違いについてです。

 いずれの政権も、大国化を求めて既存政治を変える方向性と持つという点では共通するものの、それぞれの置かれた歴史的状況の下で、その性格には少なからぬ違いがある、と渡辺教授は主張します。

 安倍政権ナショナリズムは、戦前の帝国主義による侵略戦争と植民地支配に対する反省をまったく持っておらず、戦後占領改革によって強制された「戦後的なるもの」を一部肯定し、それを前提にした政治を追求した中曽根のナショナリズムとは著しく異なると渡辺教授は述べています。また、安倍のナショナリズムには、中国との連帯や反欧米という視点がなく、アジア主義を色濃く持っていた岸の言説とも異なるという点も特徴として挙げられています。

 そして、安倍政権新保守主義は、本来対立するはずの新自由主義と野合した変形された新保守主義であり、岸政権が採用した<福祉国家>のような国民統合基盤がないという困難を抱えている点も特徴的です。岸政権では、国民皆年金の実現や国民皆医療保険政策の制度化が図られるなど、<福祉国家>が国民統合の基盤となっていたわけですが、安倍政権新自由主義改革を推進せざるを得ず、大国化を進める上での国民統合基盤という点では大変脆弱だというわけです。

 さらに、安倍政権は、冷戦の終焉とイラククウェート侵攻を契機とした大国化の流れを受け、それを完成する役割を担って誕生したものであり、自力で保守政治の軌道を変えてきたわけではないという点が大きな弱点となっているという指摘も頷けます。



 以上が、本書の中で特に目をひいた点ですが、さすが、産経新聞の記者から一定の評価を得ているだけあって、なかなか説得力のある安倍政権論でした。

 安倍総理は、小泉総理から事実上の後継指名され、小泉構造改革を引き継ぐ形で誕生したわけですが、安倍総理のこれまでの主張から見ても、小泉総理の新自由主義的な思想に共鳴するような発言をそれほどしてきたというわけではないように思われます。

 安倍総理自身も、おそらく、小泉構造改革の継承者と言われることに対しては、あまり居心地の良さを感じないのではないかというような感じがします。

 しかし、安倍総理自民党総裁に選ばれたのは、やはり国民的な人気があるからであり、小泉支持層の心をつなぎ止めておかなければ、政権基盤がますます脆弱化することになり、新自由主義の政策を追求しなければならないわけです。

 本書でも指摘されている点ですが、特に教育再生においては、新保守主義新自由主義の要素がちりばめられて打ち出されるなど、安倍総理のジレンマが顕著に表れたと言えます。

 参議院選挙で大敗し政権基盤が一層脆弱化した安倍政権は、今後、本書で指摘されているような矛盾や困難に一層悩まされることになると思われます。

 その意味でも、本書は、今後の安倍政権の帰趨を考える上で、大変意義深い本でした。