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映画、書評、ジャズなど

中沢新一「アースダイバー」

アースダイバー

アースダイバー

 中沢新一教授の著書『アースダイバー』は、東京を縄文時代にまでワープしてその深層をえぐり出そうとする大変大胆かつ斬新な試みです。東京の町で江戸時代の痕跡を見つけてささやかに喜んでいる私にとって、この本を読んだときの衝撃は忘れられません。思考のスケールの大きさ、着眼のセンスが全く違うのです。宗教、神話から認知考古学に至るまで幅広いジャンルに手を思考を広げながら人間の根本を突き詰めようとされている中沢教授でなければ書けない本でしょう。

 中沢教授はまず、縄文海進期、つまり東京の奥深くに水が入り込んでいた時代における東京の地図を用意します。その地図から1つの発見が生まれます。それは、都市空間の中に散在している神社や寺院といった時間の進行の異様に遅い「無の場所」のあるところは、きまって縄文地図における、海に突き出した岬ないしは半島の突端部である、という事実です。

縄文時代の人たちは、岬のような地形に、強い霊性を感じていた。」(前掲書14-15頁)

のです。そして、現代の東京もそうした縄文人の思考からいまだに直接的な影響を受け続けているのです。

 岬は「さきっぽ」ですが、人間はこの「さきっぽ」に深い関心を抱いてきました。一方、資本主義(キャピタリズム)の「キャピタ」というのも「頭のさきっぽ」を意味していたようで、資本主義は産業の「ミサキ」という意味で「キャピタリズム」と呼ばれていた。このことから、中沢教授は次のように述べています。

「日本の資本主義の面白さは、グローバルな普遍性を持つその産業のミサキ主義である資本主義と、人類的な普遍性を持つ「野生の思考」とが、なにかまだよくわからない回路を通じて、たしかなつながりを保っているらしい、ということにある。西欧でもアメリカでも、この深層のつながりはすでにずいぶん前に破壊されてしまっているのに、この列島の住人ばかりは、資本主義という経済システムを動かしている原理が、(…)なにやらとてつもなく古い由緒を持っている人類の思考法と両立できるという、奇妙な確信を抱いていたのである。」(前掲書33頁)

 また、別の箇所では次のように述べられています。

「ひょっとしたら東京という都市の魅惑は、ほかの大都市ではすでに完全に見えなくなってしまっている人間の精神層が、なにかの理由で地表近いところにむきだしになっていて、そのためにいわば「野生の思考」と資本主義的な「現代の思考」とがひとつのループ状に結び合って、東京の興味深い景観をつくりなしているのではないか」(前掲書242頁)

 少し長い引用になりましたが、中沢教授が「アースダイバー」を試みる根本的な動機がこれらのフレーズに凝縮されています。「野生の思考」というのは、構造主義を唱え、未開社会と文明社会に共通する思考を提示したフランスの人類学者レヴィストロースの代表作であることは言うまでもありませんが、私なりに解釈すれば、かろうじて痕跡が残されていた「野生の思考」が今日失われつつある、その危機感が中沢教授を「アースダイバー」に駆り立てる動機となったということだと思います。

野生の思考

野生の思考

 それにしても、この本の着眼のセンスの良さには驚かされます。例えば、新宿。中沢教授は、「新宿は乾いた土地と湿った土地が、絶妙なバランスで、入れ子になっている。」と指摘します。歌舞伎町の辺りはかつて湿地帯であり、したがって、そこで売られている商品は湿っているのに対して、ちょっと高台となった乾燥地に立つ伊勢丹高島屋は乾いた商品を売っている、という具合に、新宿では資本主義の持つ「乾」と「湿」が見事に棲み分けられているというわけです。

 また、東京タワーについての分析も面白い。東京タワーは当初上野公園に建てられるという話もあったが、結局芝公園に立てられることになった。この東京タワーが建てられている「芝」という場所は、古墳が密集しているところです。そのすぐ足下にはお墓もあります。つまり、「東京タワーは、縄文時代以来の死霊の王国のあった、その場所に建てられた」(前掲書85頁)のです。
 東京タワーに付きまとう「死」のイメージはさらに膨らんでいきます。東京タワーのエレベーターの上昇と落下から中沢教授が連想したのは「ギロチン」です。しかも、東京タワーの3階のホールには蝋人形館がある。この蝋人形こそ、ストラスブール蝋細工士の娘であったタッソー婦人が、フランス革命でギロチンの犠牲となった貴族たちの美しい面影を残すための手段として製作したものでした。この豊かな感性には脱帽です。

 そして、やはり東京の象徴と言えば「皇居」です。「皇居」こそ、資本主義の原理から最も遠いところに置かれた空間です。現代の資本主義はあらゆる世界に自らの原理を浸透させようとしている。この点は、「キリスト教」「資本主義」「科学主義」という西欧の生んだグローバリズムの3つの武器に共通する点です。しかし、我々日本人には、これらを押しつけようとするグローバリズムに対する「反感」がわだかまっている。そして、それに対抗する原理が「天皇制」にはあるのではないか、これが中沢教授の主張です。

「もしも天皇制がグローバリズムに対抗するアジールとして、自分の存在をはっきりと意識するとき、この国が変われるかもしれない。そのとき天皇は、この列島に生きる人間の抱いている、グローバリズムに対する否定の気持ちを表現する、真実の「国民の象徴」となるのではないだろうか。」(前掲書238頁)

「未来に生きるべき皇室の意味は、いまやまったくあきらかである。二十一世紀の天皇制は、単一文化と経済主義を特徴とするグローバリズムにたいする強力な解毒剤としての存在を、世界にむかってアピールしなければならない。」(前掲書238頁)

 皇居、そして天皇制をこのような角度から眺める視点には、目から鱗が落ちました。東京の超一等地に超巨大な敷地を構える皇居という存在は、経済合理性からはその意義を説明することは困難であることは明らかです。しかし、経済合理性に反するからこそ、逆にこうした巨大な空間が東京のど真ん中に残っていることの意味があるわけです。

 西欧育ちの「資本主義」によって根絶寸前にある「野生の思考」を追い求めることは、中沢新一教授の一貫した態度と言えるでしょう。それは現代社会が抱える様々な苦悩や歪みに立ち向かっていく唯一の残された道です。近代西欧文明の欺瞞を暴くには、人間の思考の深層までえぐっていかなければならないわけで、私は中沢教授のこうした態度に極めて強い共感を覚えるわけです。

 講談社選書メチエカイエ・ソバージュのシリーズ?〜?も非常に面白いので、是非読んでみてください。

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