映画、書評、ジャズなど

加藤シゲアキ「なれのはて」

直木賞候補になった作品です。惜しくも受賞は逃してしまいましたが、巧みなプロット、繊細な表現で読者を虜にさせる著者の筆力に圧倒されます。

話はテレビ局のイベント企画部門の女性職員が持っていた一枚の絵で展覧会を開催しようという提案から広がっていきます。その絵を描いたのは無名の画家ですが、展覧会を開催するためには著作権の許諾が必要になる。そのため、無名の画家のルーツを辿っていくと、秋田の石油会社を経営する一族に行き当たります。そして、その一族の複雑な歴史が徐々に明らかになっていきます。

著者は物語の細部にわたってよく研究されている印象です。著作権の制度、秋田の石油開発の歴史や空襲の被害、そして自閉症についてもよく勉強された上で書かれていますし、そうした細部が全体のストーリー展開にきちんと生かされています。

本当に素晴らしい作品でしたし、アイドルグループの一員でありながら、こうした作品を生み出す著者の才能に敬意を表します。

 

 

 

 

 

「君たちはどう生きるか」★★★★☆

近年、これだけ賛否両論を巻き起こした作品はなかったかもしれません。

ゴールデングローブ賞のアニメ映画賞を受賞したことが報道されましたが、ちょうどその日に鑑賞してきました。

戦争中、真人は母親を火事でなくす。その後、父親と共に田舎に引っ越すが、そこで父親が再婚したのは、真人の母親の妹の夏子だった。真人は新しい学校や生活に馴染めずにいる。真人らが住むことになった屋敷は、不思議な青鷺が現れる。そして、屋敷の端っこにある塔は秘密が隠されており、入ってはならないとされていた。

ある日、体調を崩した夏子が行方不明に。真人は夏子が森の中に入っていくのを見た。真人は、青鷺の導きも受けながら、夏子を助ける旅に出る。。。

 

この作品は、事前の宣伝を行わないことが大きく取り上げられました。結果的に多くの人々が鑑賞することにはなりましたが、賛否は大きく分かれるという、これまでのジブリ映画とは大きく異なる評価を得たわけです。

 

多くの方々がしっくりこなかったのは、おそらく荒唐無稽も思えるストーリー展開にあったのかもされません。つまり、何が言いたいのかがわからないという感想でしょう。それはそれでわかります。

しかし、この作品で宮崎監督らが何か明確なメッセージを伝えたかったというよりは、むしろ神話の世界観を描きたかったのではないかという気がします。そのベースにあるのは日本神話の天地創造のように思われます。ヒミは天照大神、青鷺は八咫烏をモチーフにしているように思います。ただ、実際に描かれているのは、和洋折衷ともいうべき不思議な世界です。

つまり、この作品では、宮崎監督らは壮大な神話を再構築して描いているという気がします。

そういうふうに見ると、この作品の意味を深く考えるのもあまり意味がないように思われ、描かれた世界観を純粋に楽しむというのが、この作品の見方なのではないかという気がしました。

この作品が海外で高い評価を受けているのも、強いメッセージがないが故に、いかなる宗教の人にとってもそれぞれの見方ができる点にあるからのような気がしました。

 

 

レイモンド・チャンドラー「ロング・グッバイ」

 

久々に読み直してみましたが、さすがによく練れているミステリーです。そして、何と言っても村上春樹氏の翻訳が読みやすく、グイグイと引き込まれていきます。

 

主人公のフィリップ・マーローは、ひょんなことからテリー・レノックスという酒癖の悪い男と知り合いになる。テリーの妻シルヴィアは、メディアを牛耳る富豪ハーラン・ポッターの娘で、華やかな男関係があったが、何者かに惨殺され、その直後にテリーは逃亡する。マーローもテリーの逃亡を手助けする格好となり、一時は嫌疑をかけられる。

その後、小説家ロジャー・ウェイドの妻アイリーンがマーローに対し夫の監視を依頼する。ウェイドは不安定だったが、やがてウェイドは自宅で銃により死亡。

マーローは、テリーの過去を探り、真相を明らかにしていく。。。

 

最後はあっといわせるどんでん返しが待ち受けています。

 

あとがきで、村上春樹氏は、この作品は『グレート・ギャツビー』を下書きにしているのではないかという仮説を提唱しています。確かに、テリー・レノックスという人物は、ギャツビーを彷彿とさせる刹那的で魅力的な人物ですし、主人公のマーローも、ニック・キャラウェーに似ていますし、現にチャンドラーは、フィッツジェラルドの作品を愛好していたようです。この村上春樹氏の推論には賛同します。

 

それにしても、私立探偵マーローという孤高で芯の強い主人公は本当に魅力的です。その中でも、この作品は最高傑作と言っても過言ではないでしょう。

 

とにかく素晴らしい作品です。

「PFRFECT DAYS」★★★★★

ヴィム・ヴェンダース監督が役所広司を主役にして製作した作品で、役所広司はカンヌで男優賞を受賞した作品です。

ユニクロの柳井社長の息子さんでもある柳井康治氏が渋谷のトイレを刷新するプロジェクトをPRする目的で計画したものです。

 

役所広司演じる中年の清掃員が黙々とトイレを清掃する作品なのですが、その一見単調とも思える日常の中に、豊かな人間模様が埋め込まれていることを感じさせます。

 

外国人監督が作った「THE 日本映画」といった趣で、作品を包み込む空気感は日本映画そのものです。

 

作品を支えているのが、主役の役所広司の演技力と存在感であることは言うまでもありませんが、それを支える脇役陣も光っています。石川さゆり演じるスナックのママ、そしてママの元夫の三浦友和。短時間の登場場面で存在感を発揮しています。

 

そして、作品のタイトルにもなっている♪PFRFECT DAYSが作品全体の空気をうまく作り上げています。

とても印象的で味わい深い作品で、個人的にも最も好きなテイストの作品でした。

佐藤究「幽玄F」

著者の前作『テスカトリポカ』が素晴らしい作品だったので、この新作を手に取ってみました。

著者の謝辞によると、三島由紀夫の超音速戦闘機の搭乗体験記に強い影響を受けているようです。

主人公の透は戦闘機のパイロット。小さい頃から空に憧れ、パイロットを目指す。

やがて透は自衛隊に入り、F-35Aを操縦するようになり、並外れた飛行技術を発揮するようになる。

タイで多国間共同訓練が実施され、透は派遣される。やがて透は帰国するが、身体に異常をきたすようになり、パイロットを辞め、バンコクバングラデシュで転々と働くようになる。

透は、バングラデシュの奥地でUFOが降りてきて宇宙人を銃で撃ったという話を聞く。透はその場所に向かい、そこでF-35Bの機体を発見する。透はその奥地に滑走路を作り、機体を修繕して、超音速で飛行させた。。。

 

この作品では、仏教の影響が色濃く描かれています。主人公の祖父が真言宗の住職で、両親が離婚した後、主人公は祖父の家で生活することになります。作品中、仏教の描写が随所に登場します。その意味するところを理解するのは難しいですが、作品全体の空気を基底しています。

 

前作ほどの衝撃は感じませんでしたが、世界を舞台にした壮大な作品に仕上がっており、著者の筆力を感じた作品でした。

「アラビアのロレンス」★★★★★

かつて何度か観た映画でしたが、昨今のイスラエルパレスチナ情勢を鑑み、再度大型スクリーンで鑑賞しましたが、今の中東の混迷の原因を端的な掴むのに最適な作品であることを改めて認識しました。

 

ロレンスはアラブ民族をトルコから解放するために奮闘するわけですが、結果的は英国はフランスと密約を結んで領土を分割してしまいます。この無責任なやり方が以後長く続く中東の混乱を引き起こす根本要因になっていることは言うまでもありません。

 

作品でも描かれているように、この地域には多くの民族が存在していました。そこにオスマン帝国という重石があって辛うじて秩序が保たれていたわけですが、英国はその重石を取っ払った上で、欧米列強の進出を認めてしまったわけです。

 

これはイラク戦争の際の米国の振る舞いと似ています。米国はフセインという重石を取り除いたことで地域に混乱を招いたわけです。こうした欧米列強の無責任な行為が歴史的に繰り返されてきた結果が今の中東情勢を招いていることは、もっと強調されてもよいと思います。

 

以前の記事にも書きましたが、この作品の見どころは、ロレンスがマッチの火をフーッと吹き消すと同時にパッと場面が夕焼けに染まる砂漠の映像に切り替わるところでしょう。<日常的>な都市の場面から一気に<非日常的>な砂漠へとスリップさせられるタイミングがいかにも見事です。

 

今こそ多くの若い世代にも見てもらいたい作品です。

 

小川哲「地図と拳」

少し前に読了した作品でしたが、余韻の深い読後感故に、なかなか書評が書けずにきてしまいました。

満州という広大な土地の一角の架空の都市を舞台に、様々な立場の人々が関わり合い、新しい都市を建設していき、それが失敗する過程を描いた作品です。

この作品では、架空の都市である「李家鎮」が舞台となっています。そこに、都市計画に携わる日本人やロシアの神父が関わってきます。

 

この作品のすごいところは、架空の都市という設定のSF小説であるにもかかわらず、立派な歴史小説にもなっているところです。こんな小説な生半可な知識では書けません。

著者の経歴を見ると、東大大学院の総合文化研究科博士課程に在籍されていたとのことで、幅広いバックボーンをお持ちなのだと思われます。

 

以前読んだ『嘘と正典』よりも読みやすい作品になっていたと思います。

いつかまた読み直してみたいと思える作品でした。