映画、書評、ジャズなど

「運び屋」★★★★★


THE MULE Trailer (2018) Clint Eastwood Movie


クリント・イーストウッド監督の最新作です。さすが、映画の隅々まで知り尽くした上に、人生の酸いも甘いも理解している監督です。最初から最後まで全く退屈することなく物語が展開していきます。そして、何より、老いと向かい合う老人の心理を鮮やかに描いているところが、とても説得力があり、脱帽です。

 

退役軍人のアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、90歳になろうとしていた。アールは家族を見捨てて、リリーの栽培に人生をかけていたのだが、その経営に失敗し、慣れ親しんだ家を手放すことに。

行く当てもなくなったアールに声がかかった仕事は、ドラッグの運び屋だった。アールは、最初は荷物の中身が分からず運んでいたのだが、あまりに報酬が高額だったため、つい中身を見てしまったのだった。アールは、運び屋で得た報酬で家を買い戻し、退役軍人のコミュニティに寄付して感謝されたりするうちに、この仕事から足を洗えなくなってしまった。

一方、麻薬捜査官は、運び屋の摘発に乗り出していた。

アールは、運び屋のボスの指示に従わず、運びの最中も自由奔放に寄り道を繰り返していたのだが、ボスの交代によって締め付けが厳しくなる。そんなとき、アールの妻の危篤の報が届く。アールは仕事の最中だったが、妻の下へ向かい、死を看取る。そのことが、家族との絆を取り戻すきっかけとなったのだが、そのことが原因となって、アールは当局に捕らえられてしまう。

アールは法廷で有罪を認め服役する。。。

 

最後、捕まったアールは、抵抗することもなく、清々しい態度をとります。それは、アールが家族との絆を取り戻したことが大きく働いているわけです。つまり、アールは、捕まったことで初めて、人生でもっとも大切にすべきことを発見できたわけです。それは、もちろん、リリーの栽培ではなく、家族の絆です。

 

 

さて、この作品は、イーストウッド監督がNY Timesの記事に触発されたことがきっかけとなっています。



監督本人も死を意識する年齢だと思いますが、そんな監督ならではこそ、描くことができた世界観のような気がします。だからこそ、深層心理の深い部分を抉り出すかのような、説得力のある作品になっているような気がします。

 

久々に★5つ付けたくなるような作品でした。

 

「ミッション」★★★★☆

 

ミッション HDニューマスター版 [DVD]

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 1986年のイギリス映画です。18世紀のスペイン統治下の南米パラグアイ先住民族への弾圧と先住民を守ろうとするイエズス会宣教師の闘いを描いた作品です。

 

南米の巨大な滝の上部で暮らす先住民族の下を訪れたイエズス会の宣教師が、先住民によって十字架にはりつけられ、川に流された。これを契機に、宣教師のガブリエルが現地に乗り込んだ。ガブリエルは、笛の音色で原住民たちの心をつかんでいく。

他方、メンドーサは奴隷商人として現地に滞在していたが、恋人を巡り兄弟を殺害したことで、世間から隔絶された廃人のような日々を送っていた。

ガブリエルは、そんなメンドーサを連れ出し、自分への忠誠を誓わせ、神父とする。

しかし、原住民の暮らすエリアは、スペイン領からポルトガル領に編入され、原住民たちは別の地域への移住を命じられる。

メンドーサはポルトガル軍と戦うことを主張。ガブリエルはそれをなだめようとしていた。

メンドーサは、原住民たちとポルトガル軍と戦い、命を落とす。ガブリエルも燃え盛る教会から原住民たちと出てくるとき、銃弾で倒れた。。。

 


The Mission (1986) (VHS Trailer)

 

スペインやポルトガルという国家と宣教師の利害が植民地において対立する状況が描かれており、その中で、宣教師の側が原住民に寄り添うという構図ではありますが、いずれにしても、原住民にとってみれば、いずれも従来の生活を乱す外部の侵入者であるわけです。だから、宣教師の側に盲目的に共感してこの作品を観るというのも躊躇される面があります。

 

ただ、一見、文明vs未開という対立構図の中に、宣教師という存在が緩衝材のような形で存在していたことは、歴史を見る上で重要な視点なのかもしれません。

 

これだけの原住民を巻き込んで、よくこれだけの作品が作れたなぁ、と素直に感心してしました。

「グリーンブック」★★★★

アカデミー賞作品賞作品を鑑賞してきました。

黒人ピアニストのドン・シャーリーとそのマネージャーとして雇われた白人男性トニー・リップが、全国を公演で回るというストーリーです。

シャーリーは繊細な感性を持つピアニストであるのに対し、リップはがさつで喧嘩っ早い、と対照的な2人。

ツアーの最終地では、公演会場のホテルのレストランで、シャーリーは黒人であることを理由に入店を拒否される。シャーリーとリップは、公演をキャンセルし、黒人客が溢れかえるカジュアルな居酒屋で演奏し、客と一体になって大いに盛り上がる。

2人はそのままクリスマスに間に合うようにニューヨークに戻る。リップのホームパーティーに姿を現したシャーリーを一同は歓迎した。。。

 

 

ストーリーは極めて単純で、男2人の間に次第に芽生えてくる共感が良く描かれています。

黒人の方がエレガントで、白人の方が粗野という対照的なキャラクターの構図で描かれているのが特徴的ですが、それでも、本質的な部分においては、白人が優位な社会であることが表現されています。

 

ただ、作品の描かれ方としては、リップが主人公であり、リップ中心の目線で描かれている面が感じられました。こういうテーマを扱うのであれば、シャーリーとリップの2人の目線をフラットに描いた方が、より幅広い観衆の共感を得られたように思います。

 

清々しいエンディングでありながら、どこか居心地の悪さが残ってしまったのは、こうした面にあるのではないかという気がしました。

「ドライビング Miss デイジー」★★★★☆

 

ドライビング Miss デイジー [DVD]

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 20年以上ぶりに観返しましたが、いつ観てもほのぼのした気持ちにさせてくれる大好きな作品です。

 

元教師の未亡人デイジーは、何でも自分でテキパキと決めて裕福な生活していたが、高齢を心配した息子のブーリーは、黒人運転手のホークを勝手に雇ってしまう。デイジーは当初、ホークに対して冷たく当たっていたが、やがてホークの献身的な態度に好意を寄せるようになる。

 

ホークの幼少期の経験談から、黒人の運動にもシンパシーを寄せるようになり、ブーリーを困惑させることも。

 

しかし、ある日突然、デイジーは痴呆症になってしまい、施設で過ごすようになる。ホークはしばらくデイジーと会うことはなかったが、久しぶりに、ブーリーと一緒に施設を訪れた。衰えた様子のデイジーだったが、ブーリーに席を外させ、ホークと2人きりで話をするのだった。。。

 

 

デイジーの頑固さが決して嫌味ではなく、ホークのことを次第に受け入れていく過程が、とても説得的に描かれています。

まだ根強い人種差別が残っていた時代が背景となっているので、その辺の違和感が全くなくはないのですが、それを超越する温かさを感じる作品です。

「エレニの旅」★★★★

 

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第二次大戦に巻き込まれたギリシア人の難民を描いた作品です。

始めから終わりまで終始重苦しい空気に包まれており、主人公のエレニも泣き崩れてばかりの作品です。

 

ウクライナ黒海に面した都市から住む場所を追われて放浪するギリシア人の難民たち。その中に、幼いエレ二もいた。一行はギリシアの地にニューオデッサ村を築く。エレ二は、一行のリーダーであるスピロスの養女として育てられたのだが、スピロスはエレニと結婚することに。しかし、結婚式当日、エレニは、スピロスの息子アレクシスとテサロニキに逃げてしまう。

その後、エレニとアレクシスの間には、もともと双子の息子を設けていたが、スピロスにばれることを怖れ、養子に出していた。やがて、2人の息子を引き取り、一緒に暮らすことに。

アレクシスは、アコーディオン演奏で生計を立てていたが、アメリカで演奏する誘いを受けるが、悩んだ末、結局、アメリカ行きを決意する。

やがて、戦争が本格化する中、2人の息子も戦争に駆り出される。アレクシスもアメリカで軍人となり戦争に参加する。

エレニは1人残され、家族の心配をする日々を送る。アレクシスは沖縄で出撃し死亡。そして、戦場で息子の亡骸を見つけ、泣き崩れるのだった。。。

 

 

 とにかく、長くて暗い作品であることは否めないのですが、戦争で住む場所を追われるということは、それだけ陰鬱で悲惨なものだということなのでしょう。

そうした中で、女性こそがもっともつらい思いを強いられているともいえます。エレニも正にそうした戦争の被害者の1人ですが、他方で、涙にくれつつも、愛する家族のために必死になって生きようとする生命力も感じます。

 

近年のクリミアを巡る紛争を見ても分かる通り、黒海の近辺は多くの民族が共生する複雑な地域ですから、一旦戦争に巻き込まれると、こうした難民の問題が噴出するわけです。そんな悲惨さがこれでもかというほど描かれています。

 

この後に作成された『エレニの帰郷』が当初予定されていた3部作の2番目に当たるようですが、これがテオ・アンゲロプロス監督の遺作となったようです。

 

この監督の作品としては、過去に以下の作品を鑑賞しました。

 この作品も、静かに淡々と物語が進む中で、国家の争いの中で翻弄される人々を描いています。

 

ハリウッド作品のように決して大衆受けする作りではないのですが、映画の一つのスタイルを突き詰め、究めているように思います。

「バラバ」★★★★

 

バラバ [DVD]

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 アンソニー・クイン主演の1962年のイタリア映画です。

原作は、ノーベル文学賞を受賞したペール・ラーゲルクヴィストの小説です。

バラバ (岩波文庫)

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時代は、キリストが正に処刑されようとしているエルサレム。キリストの処刑に合わせて恩赦を受けて釈放されたのが、盗賊のバラバだった。

釈放されたバラバは、早速かつての恋人の下を訪れたが、彼女はキリストに傾倒しており、キリストが2日後に生き返ることを確信していた。バラバは神を全く信じておらず、実際にキリストの遺体が墓場から消えていても、キリストの復活を信じなかった。

 

バラバは再び犯罪を犯して囚われの身となる。そして、シチリア島の硫黄鉱山で強制労働させられるのだが、鉱山の事故で仲間でキリストに傾倒するサハクと共に奇跡的に生還する。2人はその不死身さを州総督に認められ、バラバはローマの剣闘士となる。

バラバは剣闘士として次第に頭角を現す。しかし、サハクはキリストへの憧憬が捨てられず、処刑される。

その後、バラバは民衆の人気を獲得し、自由の身となることを許される。そして、真っ先に仲間のサハクの遺体を墓場から掘りこし、使徒ペテロの下へ連れていく。

その後、街で大規模な火災が発生する。それはキリスト教徒によるものだと聞き、バラバはそれがキリストの教えに従う行為だと信じ、一緒になって放火を行い、他のキリスト教徒と共に捕らわれる。

バラバは磔の刑になる。。。

 

 

莫大なコストをかけてセットを用意したであろう壮大な歴史スペクタクルです。神の存在を全く信じていなかったバラバが、様々な経験を通じて次第に神を信じるようになっていく過程は、よく描かれているように思います。

 

時の皇帝権力が、キリスト教という新たな聖の権威の出現をいかに警戒していたががよくわかります。

 

やや強すぎるキリスト教色を考慮しても、純粋に楽しめる作品です。

「シャイニング」★★★★☆

 

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 キューブリック監督の代表作といっても良いでしょう。もう何度も見ましたが、迫りくる狂気、恐怖心の描き方はぴか一です。

 

雪深いロッキー山脈に位置するホテルは、冬季は閉鎖される。その時期の管理人を志願したのが、小説家志望のジャックだった。ジャックは、静かに執筆できる環境を求め、妻のウェンディ―、息子のダニーと共に、このホテルに冬の間移り住むことに。

ダニーは、口の中にもう一人の人格が宿り、未来を予測できる特殊な能力を持っていた。

ホテルでは、かつて管理人として一家が滞在していたが、妻と2人の娘が父親に惨殺されるという凄惨な事件が起きていた。

特殊な能力を持つダニーは、当初から、ホテルで様々な幻覚を見る。廊下に立つ2人の少女、エレベーターの隙間からあふれ出す大量の血などなど。

小説の執筆が思うように進まないジャックも、次第に精神的に参っていき、妻のウェンディ―につらく当たるようになる。

そして、ホテルには近寄ってはいけないとされる部屋があった。そこでダニーは女性に首を絞められるという事件が起こる。ジャックがその部屋に行くと、そこには麗しい全裸の女性が。ジャックとその女性は抱き合うが、ふと鏡を見ると、その女性は腐敗しかけた老婆だった。

ジャックはいよいよ狂気となり、外界との連絡手段を遮断し、斧を持ってウェンディ―とダニーを追い回す。状況を心配したホテルの総料理長が到着したが、すぐにジャックによって殺害される。

庭の迷路に逃げ込んだダニーを追いかけていったジャックであったが、やがて、迷路内で力尽きて凍死する。。。

 

 

この作品の原作は、スティーヴン・キングの小説ですが、実際の小説と映画では、だいぶ相違点があるようで、スティーヴン・キングは、この映画に批判的だったことはよく知られています。

確かに、この映画のストーリー自体は、脈絡がない部分も多々あり、あまりよくできているように感じません。

他方、迫りくる恐怖感を描くカメラワークと陰鬱な音楽は、秀逸です。廊下に2人の少女が佇んでいて、それがドン、ドンと迫ってくるシーンは、観る者に底知れぬ恐怖感を抱かせます。

音楽は、カラヤン指揮のバルトークが効果的に使われています。


The Shining (1980) "Music for Strings, Percussion and Celesta" Béla Bartók.

 

ジャック・ニコルソンの鬼気迫る演技はとても素晴らしいです。この頃から既に素晴らしい俳優であったことが分かります。

 

理由を超えて、とにかく何度観ても飽きない作品だと思います。