村上春樹が昨年のカフカ賞授賞式に臨むに当たり記者会見を開いたのには、新鮮な衝撃を受けました。近年『海辺のカフカ』がベストセラーとなったばかりですが、村上氏にとってカフカという作家は大きな存在であるようです。
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「ドストエフスキーとともに私が最も愛する作家、カフカにちなんだ賞に選んでもらい、チェコの人々の感謝の気持ちを表したかったから」
(毎日新聞2006年11月14日夕刊)
というのが敬遠してきた記者会見に臨んだ理由だったそうです。
また、彼は記者会見で、『海辺のカフカ』の主人公をカフカという名前にしたことについて、次のように述べています。
「15歳で『城』に出会って以来、カフカの世界にはまったという私の体験が背景にある。『海辺のカフカ』はカフカへのオマージュ、恩返しです」
(毎日新聞2006年11月14日夕刊)
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ところで、村上春樹の長編小説の中でも傑作の1つである『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』における(特に「世界の終わり」の場面における)殺伐・荒涼とした雰囲気は、カフカの『城』を想起させます。物語の出だしの唐突な場面設定や、どこに向かっているのか分からない物語の進行手法は、ある意味カフカの『城』の強い影響を受けているような気がします。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
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ここに、村上氏の力量を感じます。松岡正剛氏は千夜千冊の中で
「カフカが『城』で何をしたかといえば、「方法」を残したのである。」
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0064.html
と書かれていますが、カフカが『城』で用いた表現方法は文学界にとって衝撃的だったようです。そして、村上春樹作品は、カフカの作品の表現方法を単にまねているのではなく、『城』の表現方法を自らの血肉として吸収し、新たな「村上ワールド」における作品として生み出しているのではないかと思うわけです(あくまで素人の見解として捉えていただければ幸いですが…)。
考えてみれば、現代を生きる我々についてみても、自分がどういうシチュエーションに置かれ、どこに向かっているかなど、実はよく分からないわけです。でも、我々はその中でスリルを求めたりして日々の生活が退屈なものとならないよう活動しているといえます。村上氏の小説は、どこに向かっているか分からない社会にあって日々を埋め合わせていかなければならない現代人の生き方をそのまま体現しているようなものであるといえるのではないでしょうか。だからこそ、全世界において村上春樹の小説は共感を得ているのではないかと思います。
毎日新聞2006年11月14日夕刊の記事の中で、チェコにおける村上作品の翻訳者であるトーマシュ・ユルコヴィッチさんが次のように述べておられます。
「『ノルウェーの森』は日本文学に関心がなかった普通の若者もひきつけ、ネットでも『読み終えたあとも感動で何時間もボーッとした』『悲しいけれど強い物語』といったやり取りで盛り上がった。困難に見舞われてもがんばれば何とかなる、『仕方がアル』と教えてくれるのが村上作品のすばらしさ。有名で忙しい村上さんだが、プラハでは誰にも気さくで優しく、チェコの読者はとても喜んでいる」
このコメントの中、「がんばれば何とかなる」というのは村上氏の作品のモチーフとはややずれている気がするのですが、このコメントの中で1点惹かれたのが
『仕方がアル』
という部分です。これは、村上作品における主人公の共通した態度を正に巧妙に表現した言葉ではないかと思います。
村上氏は現在「あと1年、もしくは2年かかるかもしれない」という小説に取り組んでいるとのことですが、次回作品が楽しみであるばかりでなく、将来のノーベル賞の受賞が今から待ち遠しくて仕方がありません。