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松本清張「点と線」

点と線 (新潮文庫)

点と線 (新潮文庫)

 久々に読み直してみて、その文体の鮮やかさに改めて感心してしまいました。ベテラン刑事の鳥飼が三原警部補に宛てた手紙の美しさひとつとってみても、ただのサスペンス小説ではありません。

 小説の内容は次のような感じです。

 赤坂の料亭「小雪」にたびたび接待で訪れていた機械工具商経営者の安田は、ある日、この店の2人の女中を食事に誘い、その後、東京駅まで自分を送ってほしいと頼む。安田は女中たちに鎌倉に向かう横須賀線が発着する13番線まで見送らせるが、そこで3人が見たのは、「小雪」の女中であるお時が男とともに仲良く15番線を歩いている光景だった。

 ところがその数日後、福岡の香椎駅から近い海岸沿いの岩場で、お時と某省の課長補佐佐山憲一と青酸カリを飲んで倒れて死んでいるのが見つかる。それは一見したところ心中のように見えた。

 しかし、福岡署のベテラン刑事鳥飼重太郎は、佐山のポケットから出てきた列車食堂の受取証がお一人様となっていたことから、2人が心中したという仮説に疑問を抱く。2人が恋仲にあり、2人一緒で列車に乗っていたのであれば、一人で食堂車に行くということは考えにくいからだ。

 同じく警視庁の三原も別の視点からこの事件に注目していた。佐山はちょうど捜査の対象となっていた某省の汚職のキーマンとされた人物であり、佐山が死んだことで救われた幹部もいるものと推測されたのだった。

 三原は、東京駅の13番線から15番線を見通せる時間帯がたったの4分間しかないことを突き止め、この時間帯を利用して、お時と佐山が東京駅で2人で仲良く列車に乗り込む場面を女中たちに見せるよう安田が謀ったのではないかと考える。

 安田がこの事件に関与していたとすれば、2人が情死したとされる時間帯に安田が九州にいたという事実が必要であるが、安田はこの時間帯は北海道に列車で向かっていたと主張する。確かに、安田は北海道で商売相手と会っており、青函連絡船の乗船名簿にも安田の名前があった。2人が死んだ時間帯に九州にいた安田が翌日北海道で商売相手と会うことは不可能のようにも思われた。

 しかし、飛行機を使えば、それが可能であることが判明する。しかし、飛行機の乗客名簿を当たって見ても、安田の名前はなく、名簿にある乗客たちは全員飛行機に乗ったと主張している。

 こうして、安田が2人の死に関連したという仮説は頓挫したかのように思われるのであるが、結局、飛行機の乗客の一部が実際には搭乗していないのに搭乗したと偽っていたことが判明し、青函連絡船の乗船名簿も別人が安田の名簿を提出していたことが判明する。

 某省の幹部が佐山を死に追いやって保身を図るために、その幹部と昵懇であった安田が、佐山があたかも女中と情死したかのように見せかけるための演出だったことが証明されていく・・・。




 今でこそ、九州から北海道まで行くのは飛行機に決まっていますが、三原警部補がこの発想に思い至るまでに時間がかかっているところが、いかにも当時の時代状況を象徴しています。

 本書の解説を書かれている平野謙氏は、興味深く本書の「キズ」について述べています。それは、4分間という局限された時間に佐山とお時を一緒に歩かせるような細工がどのように工作できたのか、という点です。平野氏は次のように述べています。

「・・・たとえ顔みしりだとはいえ、何時何分という局限された特定の時間に男女を一緒に歩かせるような細工を、どうしてあらかじめ工作することができたか。この男女はともに偽装心中などというおそろしい運命が自分たちの前に待ちかまえていることなど夢にも知らない。それをまちがいなく何時何分に一緒にプラットフォームを歩かせるような工作を、どうして男女に強いることができたか。この一点が合理的に説明されない以上、『点と線』全編のプロットは、その針の穴ほどのキズから土崩瓦解する危険もなきにしもあらずである。」(p226−227)

 「4分間」というのはこの小説の正に“売り物”でもあり、一番知られている設定であります。そこに致命傷にもなりかねない「キズ」がある、、、これはある意味興味深い事実です。

 それにしても、著者の文学的センスの豊かさに改めて驚かされました。