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ポール・オースター「幽霊たち」

幽霊たち (新潮文庫)

幽霊たち (新潮文庫)

 ポール・オースターのNY三部作の第二作目です。これも柴田元幸氏の訳によるもので、非常に読みやすいきれいな日本語で訳出されています。都会の中に潜む闇を描き出しています。『ガラスの街』におけるモチーフをさらにストレートに発展させたような作品です 

 私立探偵のブルーは、ホワイト名乗る変装した人物から、ブラックという男の見張りを続け、定期的に報告書をホワイトに送るという仕事を引き受ける。ブラックのアパートの向かいにホワイトが手配した部屋でブルーはひたすらブラックの見張りを続ける。それはとりとめもなく退屈な仕事だ。その間ブルーは、ホワイトとブラックの関係など様々な想像を繰り広げる。

 次第にブルーは見張られているのは実は自分ではないかという猜疑心にさいなまれる。実はブラックはホワイトに雇われているのではないか?

 ブルーは浮浪者のような爺さんに変装してブラックに接触する。次の日には思い切って変装せずにブラックに接触する。さらにセールスマンに化けてブラックの部屋を訪ねたりもする。そしてついに、ブラックが留守のときにその部屋に侵入し、部屋の机に積まれた紙の束を鷲掴みにして持ち帰る。

 家に戻ってブラックの部屋から持ち帰った紙を見たブルーは、それが自分自身が書いた報告書にほかならないことを知る。

 ブルーはブラックの部屋を再び訪ねると、そこには銃をこちらに向けているブラックがいた。なぜこんなことをしたのかと問いつめるブルーに対し、ブラックは次のように答える。

自分が何をしていることになっているか、私が忘れないためにさ。私が顔を上げるたびに、君はあそこにいた。君は私を見張り、私をつけ回し、決して私から目を離さず、錐のようにその視線を私の中に食い込ませていた。いいかね、ブルー、君は私にとって全世界だった。そして私は君を、私の死に仕立て上げた。君だけが、唯一変わらないものなんだ。すべてを裏返してしまうただ一つのものなんだ。

 ブルーはブラックを力一杯殴りつけてブラックの部屋を去る。その後ブルーがどこへ向かったかは定かでない・・・。


 この物語は都会に住む人々の「孤独感」を風変わりな筆致の中でうまく表現しています。人に見張られることで初めて自分という存在を確認することができる、そんな都会人の孤独な心理を表したものと言えます。

 ブラックはブルーに対し、自分はある人物を見張る私立探偵だという話をするのですが、どうしてそんな仕事をするのかとブルーに聞かれたブラックは次のように言います。

その男には私が必要なんだ…。彼を見ている私の目が必要なんです。自分が生きているあかしとして、私を必要としているんです。

 そう言ったブラックの目には一筋の涙が伝わります。

 誰かに見張られているかもしれないという倒錯した心理こそが人々のアイデンティティを支えているという都会の人々の屈折した生き方を表現した作品と言えます。