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三井秀樹「美のジャポニズム」

美のジャポニスム (文春新書 (039))

美のジャポニスム (文春新書 (039))

 「ジャポニズム」といえば、日本の浮世絵が19世紀末の西欧の印象派の画家たちに影響を与え、ひいては20世紀初頭のアール・ヌーヴォにつながっていった、という程度のことは広く知られていますが、本書では、ジャポニズムの影響をもう少し広く捉えている点において、大変興味深いものでした。

 本書でも述べられているように、例えば、アール・ヌーヴォに対するジャポニズムの影響は、最近まで過小評価されてきており、

ジャポニズムという日本美術の影響を否定する論文さえ見られた。」(p85)

とのことですが、日本文化が世界的にも普遍性を持つことを認識する上でも、ジャポニズムに対する理解を深めることは重要ではないかと思います。

 本書では、まず、浮世絵が西欧の絵画に与えた影響について分析されています。浮世絵は、19世紀末に、大量に西欧に渡り、大きな衝撃を与えます。当時の西欧の美術は、伝統的な表現方法から抜け出せず、深い危機感が抱かれており、芸術家たちは斬新は表現方法を模索していた状況にあったわけですが、そうした中で、芸術家たちは浮世絵に出会い、衝撃を受けたのです。

 浮世絵から強い影響を受けたとされる画家たちの名前を挙げれば、

クロード・モネ、ヴァン・ゴッホツールーズ・ロートレック、ポール・ゴーギャン、ジェームズ・マックニール・ホイッスラー、エドゥアール・マネオーギュスト・ルノワール、ギュスターブ・クールベカミーユ・コロー、エミール・デュラン、ポール・セザンヌエドガー・ドガ」(p71)

と正にそうそうたる面々が並びます。

 では、浮世絵のどこが西欧の画家たちにとって衝撃的だったのか。それは、
「アシンメトリー性」
です。

 それまで西欧では、静止した左右対称のシンメトリーこそが安寧のシンボルであったのに対して、浮世絵を始めとする日本美術は、左右非対称の美学が追求されていたのです。

 この点について、三井氏は、日本美術の造形原理をアンシンメトリーを含むもっと大きな美の概念を
「非定形」
の枠組みの中で捉えるべきではないかと述べておられます。

「西欧美術の定形に対し、日本美術の非定形である。非定形とは垂直・水平線で囲まれた方形や構築物の人工的な形を排除した斜線や曲線が入り交じった造形や構図を意味する。
 これまでの伝統的な日本の美術を一語でいえば自然への回帰であり、美術における自然主義がいつの時代も日本の芸術の概念を貫いていた。この自然を模倣する日本人の精神構造はものの「あはれ」を知る心であり、侘び、寂び、幽玄あるいは江戸時代の「粋」であった。自然と一体となり、融合することが日本美の原点ならば、その造形は必然的に定形をはずした非定形の形成にならざるを得ない。」(p157−159)

 こうした日本美の特徴を項目としてまとめると、次のようになります。

①アンシンメトリーと誇張
②余白を生かした構図
③斜線のコンポジション
④抽象化した装飾的表現
⑤平面的表現性と色彩の大胆さ
⑥非定形と定形のバランス感覚

 さらに、三井氏は、日本美がこだわる自然の造形は、フラクタル造形であるという点に注目しています。フラクタルというのは自己相似性という性質を持っており、ある形の一部を切り取ってみても、全体の形の印象と違わない性質をいうものだそうです。そして、自然界の様々な形や現象は、この自己相似性という性質を内包したフラクタル形であふれているのだそうです。

 つまり、

「日本人が従来、美を学ぶ師と崇めていた自然の造形に一定の秩序のような摂理が潜んでおり、これがフラクタル造形というべき形であったということなのである。」(p197)

ということなのです。

 日本文化は非定形文化であり、フラクタル文化である、という指摘はなかなか新鮮に感じました。

 戦後の日本人は、自分たちがどういう文化を持ち、いかなるアイデンティティを有しているかについて、とりわけ関心を持ってきました。そして、戦後、様々な日本文化論が展開されてきたものの、その内容は時々の時代背景によって大きく異なるものであり、侃々諤々の議論がなされてきたわりには、どうもあらゆる時代を通じて「普遍性」を持つ日本文化論が形成されてきたとは言い難い状況にあります。

 「ジャポニズム」というテーマも一種の日本文化論といえるかと思われますが、その西欧に与えた影響を客観的に分析して、1つの文化理論に仕立てていくことは、日本文化の「普遍性」を模索する上で大きな意味を持つのではないかと思います。

 そういう意味で、「ジャポニズム」について語られたこの本は、素人にも分かりやすく、参考になりました。