映画、書評、ジャズなど

米澤穂信「Iの悲劇」

住民がいなくなった地方の集落に移住者を募る市役所職員の話です。いくつかのエピソードから成っており、最後に裏が明かされるという構成です。

主人公の万願寺は、市の甦り課で、移住者のケアやトラブル解決に奔走する。その上司の西野課長と部下の若い女性の観山は、そんな万願寺を横目に見ながら、適当に仕事をこなしている。

3人は移住者が定着するというミッションに基づいて仕事をしているわけですが、その構図が最後鮮やかにどんでん返しされることに、読者は呆気に取られることになります。

市役所の業務の細部がリアルに描かれている分、最後のどんでん返しの効果が大きくなります。

著者の筆致が本当に素晴らしく、グイグイと物語に引き込まれます。

おもしろい作品でした。

 

 

 

 

「モリコーネ 映画が恋した音楽家」★★★★☆

 

観たかった作品でしたが、やっと観ることができました。評判通りの素晴らしい作品で、関係者のインタビューを巧みに編集して、全く飽きない構成となっています。

 

モリコーネは、トランペッターの父親の影響で、音楽学校に入学します。そこでペトラッシに師事して作曲の道を進みます。やがて映画音楽を手がけるようになり、『荒野の用心棒』などウエスタン映画で数々の印象的な音楽を世に送り出します。その後も、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』、『ミッション』、『アンタッチャブル』そして極め付けは『ニュー・シネマ・パラダイス』など、映画史に残る映画音楽を手掛けます。

伝統的な作曲が王道な中で映画音楽は邪道のように見られ、モリコーネは何度も映画音楽をやめようとします。アカデミー賞でもなかなかオスカーが取れず、正当に評価されない日々が続きます。

そして、ようやく2015年になり、『ヘイトフル・エイト』で念願のオスカーを手にすることになります。

作品中では、9・11の後のコンサートの様子なども取り上げられています。

生涯を通じて500以上の映画・テレビ音楽を手掛けたというのは、想像を絶する仕事量です。これだけの量の映画・音楽のそれぞれのシーンに見合った的確な音楽を付ける作業は、凡人にできることではありません。

 

2時間半という時間があっという間に過ぎてしまう、本当に素晴らしい作品でした。

 

小川哲「嘘と正典」

 

小川哲氏といえば、最近「地図と拳」で直木賞を受賞されたことで話題ですが、この作品は短編集です。

 

「魔術師」は、伝説的はマジシャンとその娘の話。マジシャンの父はタイムマシンというマジックで過去に飛んだまま行方不明に。娘は父の幻影を追い続け、そのマジックを何十年も考え続け、いざ同じマジックを実行する。。。

「ひとすじの光」は、亡くなった父親が残した馬の話。その馬のルーツを辿っていくことが、自分のルーツの解明にもつながっていく。。。

「時の扉」は、過去を変えられる時間の扉にまつわる寓話を王に語る話。

「ムジカ・ムンダーナ」は、父親の残したカセットに収められていた音楽を巡る物語。使われている楽器を辿っていくと、人々が音楽を所有し、それを演奏することで貨幣として使用されるというフィリピンの島の民族に辿り着いた。。。

「最後の不良」は、流行がなくなった世界の話。流行を追いかけるカルチャー誌に勤めていた主人公も会社を辞め、ヤンキーたちも解散する。。。

「嘘と正典」は、時空を超えて通信ができる技術が開発され、未来から歴史が書き換えられる話。改変される前のオリジナルの歴史が正典とされる。エンゲルスの裁判を改変して共産主義の誕生を消滅される試みは失敗する。。。

 

いずれの短編も、読者が狐に摘まれた気分になるような、掴みどころのない作品です。あまり深く理解しようとしても、徒労に終わりますが、作品を包む空気感がとてもシュールで心地いいところが、著者の筆力を表しているように思います。

作品中に出てくる様々なエピソードも、知性を感じさせるものばかりです。

 

『地図と拳』も読んでみたくなりました。

 

 

カルロス・ルイ・サフォン「天使のゲーム」

 

ルイ・サフォンの『風の影』の続編です。前作と同様、バルセロナを舞台にした小説で、「本」をモチーフにした作品です。

 

作家のダビッド・マルティンは、新聞社から小説執筆の機会を与えられて、頭角を現していく。そんな中、恋心を抱いていたクリスティーナは、大富豪の息子であるビダルと結婚してしまう。ビダルも小説を書いていたが、その作品のモチーフを与えていたのがダビッドだったので、ダビッドは傷ついた。

そんな中、ダビッドはある人物から大金を支払われて執筆を依頼され、ディエゴ・マルラスカという人物が住んでいた塔の館があてがわれた。そして、ダビッドがかつて契約していた出版社が火事で焼ける事件が発生。ダビッドは犯人と疑われ警察に追われるようになる。

ダビッドのもとにはイサベッラという若い女性がアシスタントとしていつくようになるが、ダビッドはクリスティーナのことを忘れられない。しかし、クリスティーナは田舎で療養していることをダビッドは知り、クリスティーナを訪ねてみると、廃人のようになっていた。

ダビッドはイサベッラを忘れられた本の墓場に連れていく。イサベッラは本屋の息子と結婚して子供を産むが、命を落とす。。。

 

小説全体を包む耽美で重厚な空気感がとても心地よい作品です。こういう心地よい空気を小説で描ける作家はなかなかいないように思います。

前作とは直接的に連結している内容というわけではありませんが、底流ではしっかりとつながっていることが読者にははっきりとわかるところが秀逸です。

この小説では、イサベッラの魅力的なキャラクターが光っています。ダビッドの才能にほれ込み、ダビッドがクリスティーナのことを忘れられないことを知りながら、そして時にはダビッドに冷たい扱いをされながらも、ダビッドに献身的に寄り添い、ダビッドに促されるがままに本屋の息子と結びついて結婚し、子どもを産むものの、若くして亡くなっていく。その切ない生き方が読者の胸に刺さります。

こうした才能豊かな作家が若くして亡くなられたことは、本当に惜しいという気持ちにかられます。

 

 

バリー・ランセット「トーキョー・キル」

私立探偵ジム・ブローディを主人公とするシリーズの2作目です。

東京を中心に横浜中華街、フロリダ、さらにはバルバドスへと舞台が展開していく壮大なミステリー小説です。

ブローディは、三浦という96歳の老人から警護の依頼を受ける。かつて従軍時代の中国での蛮行の恨みから、中国人に命を狙われているという。その直後、三浦の息子が無惨な形で殺害された。ブローディも命を狙われ、事務所の社員も殺害されて首が送り付けられる。ブローディはその仇をとるために、事件の解明にのめり込んでいく。

殺害の手口は中国尾犯罪組織三合会によるものと思われた。ブローディは三浦の息子の剣道道場に踏み込み、中華街の長老を訪ね、次第に真相に迫っていく。そして、三浦の戦友の猪木を追って、フロリダ、さらにはバルバドスまで行き着く。そこで、ブローディは驚くべき真実を知る。。。

 

ブローディが美術商として禅僧の仙厓の絵を追っていることと、殺人事件が交錯するところがこの作品の最大の魅力の一つかもしれません。加えて、小説に登場する様々な東京という都市の描写や、剣道を始めとする日本文化についての鋭い描写、横浜中華街の闇の描き方は秀逸です。

 

一つ一つの登場人物の魅力がもっと伝わってくると、より楽しめたかなという気もしましたが、外国人の目線でこれだけ日本のことをしっかりと描写できる観察力と筆力は大したものだと思いました。

 

 

 

 

黒木亮「カラ売り屋vs仮想通貨」

どこかの企業の株価を下げることで儲けを得ることを生業とするカラ売り屋の攻防を描いた3つの短編集です。

 

「仮想通貨の闇」は、仮想通貨業者とカラ売り屋との攻防を描いた作品です。デタラメな計画で仮想通貨の価値を引き上げている業者。そのきな臭さに目をつけた投機家はカラ売りを仕掛ける。業者は多額の広告を打ち仮想通貨の価格を引き上げるが、投機家は対抗して闇を暴くレポートを公表して激しいバトルを繰り広げる。やがて、仮想通貨のバブルは弾ける。。。

 

「巨大航空会社」は、簿外債務が重くのしかかる航空会社に目をつけた投機家がカラ売りをしかける話。航空会社は、退職金や年金の支給を切り詰めたり、不採算路線の廃止に取り組むが、法的整理に追い込まれ、多くの出資者や債権者は損失を被るが、その裏でカラ売りの投機家だけは利益を得た。。。

 

「電気自動車の風雲児」は、電気自動車や自動運転に取り組むベンチャーとカラ売りファンドの攻防の話。既存の自動車メーカーもカラ売りに絡んで買収を試みるが失敗に終わる。。。

 

いずれの話も実体経済の中で働く人々がいる裏で、実態のない金融手法を駆使して、莫大な金を稼ぐ人々がいるという世の中の矛盾を描いており、大変共感できます。

 

それにしても、著者の経済に対する造詣の深さには感心してしまいます。相当な調査の上に小説が出来上がっているので、リアリティがあります。

 

とてもスリリングな経済ミステリーでした。

「土を喰らう十二ヵ月」★★★★☆

tsuchiwokurau12.jp

作家の水上勉の「土を喰う日々 わが精進十二カ月」を基に製作された作品です。

ジュリーこと沢田研二が主演です。

作家のツトムは、長野の山奥で畑を耕しながら質素に料理をしながら暮らしている。それに注目した編集者真知子(松たか子)が訪ねてくる。ツトムは、幼少の頃に入れられた禅寺で学んだ精進料理の技術を使い、その時期に取れる作物や山菜を使いながら、季節に合った料理を作る。

 

皮ごと焼いた里芋、とれたてのタケノコ、葛で作ったゴマ豆腐、山椒味噌など、日本酒と合わせて頂きたくなるような魅力的なシーンの連続です。

 

沢田研二がとても味のある演技を見せています。そして、松たか子の演技がとても素晴らしく、この作品の魅力を引き上げています。

こういう作品を見ていると、山奥暮らしについつい憧れてしまいますが、実際にやってみると、こんな良い面ばかりでないのでしょう。それが分かっていても、質素な生活への憧れを喚起させる映画です。

 

余談ですが、この作品の音楽はジャズミュージシャンの演奏が使われています。トランペットの音色が、意外にもこの作品の雰囲気に合っています。

 

年末にしっぽり鑑賞するにはうってつけの作品でした。