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夏野剛「誰がテレビを殺すのか」

 

誰がテレビを殺すのか (角川新書)

誰がテレビを殺すのか (角川新書)

 

 近年、ネット動画配信サービスが急拡大している中、テレビ局がこれからどのように生き抜いていくべきかについて述べている本で、大変興味深く刺激的な内容です。

著者の主張は、端的に言えば、テレビ局はそのコンテンツ制作力を生かしてもっとネットを積極的に活用していくべき、ということに尽きます。

現在、テレビ局は様々な逆風にさらされています。YouTubeに始まり、ネットフリックスやアマゾンプライムの出現により、ネット広告の売上高は、テレビ広告の売上高に迫ってきています。特にネットフリックスは、年間6千億円という莫大な制作費を投じており、民法のテレビドラマの費用を圧倒的に凌駕しています。若者たちは益々スマホに時間を割くようになっており、テレビのメイン視聴者は今では高齢者です。テレビ局はこうした高齢者をターゲットにした番組作りをしているわけです。

しかしながら、テレビ局はネットの活用には消極的です。その背景には、所属タレントのネット出演を嫌う芸能事務所の問題もあります。また、業界の体質としても、業界の秩序を守ることが最優先され、新規参入者を嫌います。これはライブドアとフジテレビの対立に象徴されます。

こうした状況を踏まえ、著者はテレビ局の今後の在り方として以下のように述べます。

「これから先、テレビ局に求められるのは、「テレビ局」という名称を捨て、エンターテイメント制作集団、もしくはコンテンツ制作集団への脱皮を視野に入れることでしょう。自らが制作したものを発表する場は、地上波だけに限定するのではなく、ネット、映画など、幅広い範囲に設定すべきです。」

 

私も、テレビ局は今のままではいずれネットに完全に凌駕され、経営が行き詰まると思います。今の若い世代には、決まった時間に家族と一緒にテレビの前にかじりついて番組を視聴し、翌日の学校や職場で前日に観た番組について友人や同僚と話題にする、というライフスタイルはもはや存在しないと言っても過言ではありません。観たいコンテンツを観たいときにスマホを使って視聴するというのが、今の若者のスタイルです。

にもかかわらず、テレビ局は、コンテンツを原則決まった時間に流し、ネットでの配信を嫌う傾向にあります。この優良なコンテンツを、地上波だけでなく、もっと様々な媒体を通して配信すれば、コンテンツの収益可能性はもっと拡大するはずです。

そう考えると、著者の指摘するように、テレビ局はコンテンツ制作集団として生き残る唯一の道であるように思います。

これは長年この業界の頂点に君臨してきたテレビ局にとっては、受け入れたくない選択肢でしょう。テレビ局は、むしろ地上波の独占という圧倒的に有利な立場を利用して、多くの下請け制作会社を使う立場にあったのが、下手をすれば逆にネット配信会社に対して使われる立場に陥る可能性もあるからです。しかし、それを警戒しすぎて現状維持を続けようとすれば、テレビ局は本当の危機に陥ってしまうでしょう。

著者は、求められるのは、放送業界に所属する人たち、とりわけ経営陣の意識改革だと述べます。ネット配信は「キワモノ」という考え方を捨てることこそ、今のテレビ業界に求められていることです。

私はこうした著者の主張に全く賛成です。

 

本書では、様々な興味深い指摘がなされています。

一つはVRの大きな可能性です。VRでエンターテイメントが見られれば、現場にいるのを変わらぬ臨場感が味わえますので、わざわざ出かけなくても家でエンターテイメントを体験できる可能性が広がります。これはネットの可能性を大きく広げます。

それから地方局の窮状についてです。著者は地方局の未来はかなり暗いと指摘します。現在の地方局には、キー局が制作した番組を放送する枠があり、その時間帯はキー局と共通のCMを流しているわけですが、これによって、キー局から広告料を分配してもらっていることになります。これ以外の枠については、自分たちで営業してスポンサーを見つける必要があります。そして地方局の脆弱な体制を見れば、自らコンテンツを制作することは難しく、当然キー局のコンテンツを再配信することとなります。しかも、ネット動画がどこでも見られる時代においては、地方局の置かれた状況は益々苦しくなっています。こうして地方局の経営は芳しくないにもかかわらず、地元の新聞社が株主のケースも多く、こうしたネガティブなニュースはあまり流されず、大々的に報じられることは滅多にないという状況です。

 

今、我々が目の当たりにしているのは、メディアの主役が映画やラジオからテレビに移行した戦後の一時期と同じような光景なのかもしれません。この状況下において、いかにうまく身の振り方を考えていくかが、テレビ業界の明暗を左右することになることがよく分かりました。