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李 智慧「チャイナ・イノベーション データを制する者は世界を制する」

 

本書を読むと、もはや中国は先端分野のイノベーションで日本の先を行っていることを痛感せざるを得ません。本書では、そんな中国の数々のキラリと光るイノベーション企業が取り上げられています。

 

中国は政府を挙げてイノベーションの促進に力を入れています。例えば、大手インターネット企業や通信企業に呼びかけて、中小零細企業ベンチャー企業にプラットフォームへの接続、データ、計算能力等の資源を開放させるといったことを政府が中心に進めているとのことです。それから、海外からの帰国組の起業の後押しを政府が支援しているとのこと。北京には中関村サイエンスパークには、海外からの優秀な若手専門家が集められ、多くのユニコーンが誕生しています。

それからなんといっても中国の政策の最大の目玉は、ビッグデータ戦略でしょう。国家が市町村レベルからデータを収集し、国レベルの戦略的なデータベースを構築したり、それを中央・地方政府、市町村で共有できるようにするなど、政府の保有するデータの活用に積極的です。

そして、データ活用に向けた人工知能(AI)の推進に力を入れます。国務院は人工知能の分野に中国の有力企業を分担させて、その振興に力を入れています。

 

中国のイノベーションの起点になっているのは、モバイル決済です。スマホの普及とQRコードの活用が背景にありました。モバイル決済が爆発的に広がった結果、膨大なデータが蓄積され、その活用で様々なシェアリング・サービスなどのイノベーションが生まれるという循環が生まれているわけです。

さらには、芝麻信用のような個人の信用の点数化まで行われてしまうわけですが、個人情報を重視する欧米ではとても考えられないことです。本書によれば、中国では、便利だから良いという利便性を優先する考え方が主流なのだそうです。

 

本書では、アリババとテンセントについて詳しく触れられています。

アリババはかつて中国のEC市場で米国のeBayとシェアを争っていましたが、アリババが決済サービスのアリペイを導入すると、アリババはeBayに圧勝することになります。本書によれば、勝因は決済サービスだったとのこと。eBayはクレジット決済かネットバンキング決済をベースにした前払い方式を採用していたものの、信用情報が未整備な中国では広まらず、アリペイは買い手が代金をアリペイの口座に預け、送付された商品を確認して問題がなければ、アリペイに支払の指示を出し、初めて代金が売り手に支払われるという仕組みを導入しました。また手数料も無料化したり、損失を被った場合に全額補償するキャンペーンを展開するなどにより、中国市場のシェアを拡大していき、eBayは中国市場から撤退することになります。

さらにアリババは、個人資産運用サービスの「余額宝」(ユエバオ)を導入します。これは、アリペイ口座に滞留している資金を余額宝の口座に移せば、MMFで運用してくれるというサービスで、今では大手銀行の残高を超えているのだそうです。

 

 対するテンセントは、今では中国最大のSNSとなっていますが、もともとはインスタントメッセンジャーサービスでした。テンセントの戦略は、ウィーチャットの公式アカウントを解放した点にありました。これを企業が活用することで、チャット等の機能を通じて、テンセントの膨大な会員にアクセスすることができたため、多くの企業がこぞってテンセントの公式アカウントを開設するようになったとのこと。そして、ウィーチャットの決済インフラであるウィーチャットペイは、お年玉を配るイベントの開催により、多くの利用者を引き込みました。

アリババとテンセントの戦略の違いについて、本書は次のように述べています。

「テンセントが自ら事業を展開することをやめ、プラットフォームの提供に特化し、ある意味でパートナーに任せるといった「緩やかな結合」戦略を取ったのと対照的に、アリババは自ら事業を立ち上げる、もしくは企業との戦略提携を通じて自社のビジネスや決済機能との結合をより緊密にし、従来の業界を変革へと導き、次世代流通業や製造業、金融業を作り出そうとしていることに特徴がある。」(p160)

 

 このほかにも、この二強に追随する多くの企業が紹介されていますが、いずれの企業一つを取ってみても、日本には類を見ないベンチャー企業です。日本がいかにベンチャー企業の育成に失敗しているかを痛感せざるを得ません。

 

こうした中国企業の躍進を見るにつけ、イノベーションは大企業から生まれるのではなく、ベンチャー企業から生まれるのだと感じます。日本は、上位企業の顔ぶれは何十年も様変わりしていませんが、対する米国や中国では、数十年前のトップ企業で未だに上位に位置するような企業はほとんど皆無です。ここにイノベーションの差が生じてしまっているように思います。

 

この本を読むと、中国が日本に追いつけていないなどという幻想はあっという間に吹き飛びます。