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山口栄一「イノベーションはなぜ途絶えたか」

 

 日本のイノベーションの力が衰えていることは、もはや否定しようもないでしょう。米国や中国の企業が全世界のプラットフォーマーとして勢いづいているのに比べると、日本企業の苦戦は目を覆いたくなるほどです。

では、なぜ日本のイノベーションの力はここまで凋落してしまったのか。この点について、一つの解を示そうするのが本書です。

 

本書が指摘するところを端的にまとめると、次のようになります。

かつての日本では、大企業の中央研究所に優秀な技術者が集まり、そこでイノベーションが生まれていました。しかしながら、米国の大企業の中央研究所が撤退する中、日本でも中央研究所が次々と縮小されていきます。米国ではエレクトロニクス産業に限った動きだったにもかかわらず、このとき日本では、エレクトロニクス産業だけでなく、医薬品の分野でも、中央研究所から撤退しまします。

しかも、米国では、大企業に代わって、ベンチャー企業からイノベーションが生まれるという洞察に基づき、SBIRの仕組みを整備します。この仕組みは、目利きとなる科学行政官が、3段階の選抜を経たベンチャー企業に「賞金」を与え、民間のベンチャー・キャピタルにつなぎ、政府調達でも優先するというものです。

日本でも、このSBIRをまねた仕組みが整備されますが、著者によれば、米国の仕組みの思想を理解しないもので、実態は全く異なるものであったとのこと。米国における支援対象は博士号取得者が大きな割合を占めているのに対し、日本でその割合はわずかであり、単なる中小企業支援に過ぎないものとなってしまいました。また、支援対象の技術分野も、米国は「コア学問」であるのに対し、日本ではそうではないということ。

このように、大企業の中央研究所に代わるイノベーション・エコシステムの構築に成功した米国と日本の違いが、今のイノベーションの現状の差に表れているというわけです。

こうした著者の説明には、かなりの説得力があるように思います。日本のベンチャー支援自体は以前から謳われてきましたが、それでも政策の軸足は経団連加盟企業を始めとする大企業に一貫して置かれていたように思います。

それに対し、米国では、政策の軸足をうまくベンチャー支援に移していくことに成功してきたわけです。

 

 こうした状況にもかかわらず、残念ながら、日本の政府や大企業がその深刻さを認識しているようには見えません。特に財界人は、相変わらず中国の脅威をきちんと認めようとしません。

そんな中で、以前朝日新聞に掲載された経済同友会代表幹事(当時)の小林喜光氏のインタビュー記事は「敗北日本」を正面から認めるもので、読みごたえがあります。


日本の政府の施策も、この際、遅ればせながら、大企業からベンチャーに大胆にシフトすべきではないかという気がします。