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エラリー・クイーン「Yの悲劇」

 

Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)

Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)

 

 エラリー・クイーンの不朽の名作です。

 

『Xの悲劇』とはまた違った意味であっけにとられるエンディングです。

 

化学者のヨーク・ハッタ―が海で腐乱した状態で発見される。ヨークの妻エミリーは、強欲で裕福な女で、ヨークはエミリーの尻に敷かれて生きていた。

ヨークとエミリーの間には、2人の娘バーバラ、ジルと1人の息子コンラッドがいたが、エミリーは前夫との間に聾唖の娘ルイーザがいた。エミリーはルイーザを溺愛していたが、他の子供たちはルイーザを嫌悪していた。息子のコンラッドには2人のわんぱくな息子がいた。

 

このハッタ―一族が住む屋敷で事件が立て続けに起こる。まず、ルイーザがいつも決まった時間に口にするエッグノッグに毒が盛られていた。偶然ルイーザがそれを口にする前に、コンラッドの息子の1人ジャッキーがそれを口にし、嘔吐した。

続いて、エミリーが殺害された。エミリーはそのときルイーザと同じ部屋におり、エミリーはマンドリンで殴打されていた。ルイーザがいつも食べる梨には毒が盛られており、この犯行はもともとルイーザを狙ったものと見受けられた。

 

事件は混迷を深める。事件を担当するのは、『Xの悲劇』のロングストリートの事件の時と同様、地方検事のブルーノと警視のサムだった。2人は再び、ドルリー・レーンに相談する。レーンはご存知のとおり元大物舞台俳優で、今は引退して犯罪を研究し、警察から頼られる存在となっていた。

 

当初は、エミリーの相続に絡む恨みつらみが原因かとも思われた。また、ジャッキーらの家庭教師として雇われているエドガーが、実はルイーザと異母兄弟であることを隠してハッタ―家に入り込んでおり、警察はエドガーを逮捕するのだが、レーンはその線も否定する。

 

レーンは、生前のヨークが推理小説を書きかけていたことを知る。そして、その原稿を見つけた。そこに書かれていたのは、今ハッタ―家で起こっている事件そのものだった。しかも、その犯人は、ヨーク自身とされていたのだ。

 

レーンは、ハッタ―家で心臓発作で倒れたふりをして、しばらくハッタ―家に滞在して犯人を突き止めようとするが、結局、レーンはこの事件から手を引くことをサムらに伝える。ちょうどそのとき、ハッタ―家でもう一つの事件が起こる。ジャッキーが毒の盛られたミルクを飲んで命を落とした。

 

その後、しばらく経ってから、ブルーノとサムがレーンのもとを訪れる。レーンは実は事件の真相を知っていると思ったからだ。

レーンからは驚くべき真相が語られた。犯人は少年ジャッキーだというのだ。ジャッキーがヨークの残した草稿をもとに、それを忠実に実行しているというのだ。ただ、子供ならではのずさんさも随所に見られた。

レーンは、次のように述べる。

「今回の痛ましい事件は、まさに“Yの悲劇”とでも呼びうるでしょう。ヨーク・ハッタ―ー自称Y-が小説の構想として犯罪計画を立て、自分の孫の心にフランケンシュタインの怪物を作りあげました。その孫が計画を受け継いで実行に移し、Yが小説のなかでさえ意図しなかった凄惨な結果を招いたのです。少年が死んだとき、わたしは悲劇に驚愕する役柄を装って、本人の罪を暴きませんでした。暴いたところでだれの役に立つでしょうか。関係者全員にとって、少年の罪を公にしないのが得策だったのです。」

 

 

何とも衝撃的な結末でした。読者がせいぜい思いつく結末としては、実は聾唖のルイーザが犯人だとか、実はヨークは生きていた、といった程度ですが、まさか、子供が犯人なんて、正直私には思い浮かびませんでした。

 

 このシリーズは、やはりドルリー・レーンの人物的な魅力が光っています。事件の全容を悟ったにもかかわらず、それを警察にすぐには伝えず、ほとぼりが冷めるまでは心の中にしまっておくというレーンの配慮、このエンディングがなぜかさわやかな読後感を醸成します。

 

 やはり長年語り継がれてしかるべき名作だなぁ、とつくづく思いました。